なのはな22のふたり言

なのはな22のふたり言

本・テレビ・映画の感想が多くなると思います。たまにフィギユアスケート。
ミステリーや時代劇、ビジネスドラマが好きです。

今日は

①「陰陽師0」の感想

②TVドラマ「広重ぶるう」(27日夜、NHK・BS)の感想

 

 

 

 

① 先日、夫と「陰陽師0」(佐藤嗣麻子監督・脚本)を見たのだが、シアターを出て開口一番、彼が言ったのは

「話の骨格が弱いんじゃないかな」だった。

ああ、やっぱりそう思うよね。

 

2001年の「陰陽師」(滝田洋二郎監督、福田靖・夢枕獏・江良至脚本)より前段階の安倍晴明を描くわけだから、帝専属の陰陽師になる前の学生の晴明という設定はいいと思う。

 

「顕在意識と潜在意識」や「深層心理」といったせりふに少し違和感を持ったが、この映画は時代劇というよりファンタジーのジャンルの映画だと思うので、許容できる範囲。

 

山﨑賢人さんというキャストもこの設定なら良い。

個人的には彼のアクションをもっと見たかったくらいだ。

(晴明がアクションしてどーする、というご意見もあろうが)

 

源博雅役が染谷将太さんというのは初め聞いた時は首をひねったが、見ると悪くなかった。

ちょっと愛嬌のある演技をしていて、山﨑君との年齢差を感じさせなかった。

周りにベテラン男優を揃えたのも良い。

 

ただ、物語として物足らない気分のまま映画館を出た。

佐藤直紀さんの音楽も今回は全然印象に残らなかった。

 

そもそも真犯人は凄い呪術を使えるのに、なぜ最初の1人をあんな回りくどいやり方で殺したのか。蟲毒(こどく)は要らないのでは?

(まあ、野村萬斎版の「陰陽師」のパート1や2にもおかしな箇所はあったけれど)

 

 

夫の感想を聞くと、序盤にあるヒキガエルのシーン、「説明し過ぎじゃないか」と言う。あんなに種明かしをしなくてもいいのでは、という事らしい。

 

が、この点は私の見方は違う。

佐藤監督はオカルト的な要素を出来るだけ排除したかったのではないだろうか。

だから「真実とは思いこみだ」というせりふを晴明に言わせている。(私自身、真実と言う言葉の使用法が厳格じゃない時があるので反省した)

内外の映画やドラマには、あまりにも超能力者やら霊視やらの物語が多い。そうした神秘的なものを無批判に崇める事の危険性をそれとなく指摘しているように感じた。

 

娯楽映画としてはたしかに骨格が弱いと思う。

が、ファンタジー映画でありながらファンタジーに胡坐をかいていない佐藤嗣麻子監督のアプローチは称賛したい。

 

ひょっとしたらパート2が作られるかもしれないが、その時はこの1よりも面白い作品が出来るんじゃないかと思った。

(普通はパート1が面白くても2は凡作が多いのだが、この映画の場合は逆になるかもしれない)

山﨑ホームズと染谷ワトソンのコンビをもう一作見たい気がする。

 

 

② 昨夜のTVドラマ「広重ぶるう」(梶よう子原作、吉澤智子脚本)はとても良かった。

 

江戸後期の浮世絵師・歌川広重(1797~1858)の半生を描いたドラマ。

 

定火消し同心の息子として生まれた安藤広重(阿部サダヲ)は、その仕事をしながらも絵師になりたい希望を捨てられない。両親亡き後、妻、祖父と祖父の後妻、その息子の4人を養わなければならないが、家計は苦しい。

歌川広重としていくら描いても絵は売れない。

そんな彼を妻の加代(優香)は献身的に支え続ける。

設定としてはフランス映画「モンパルナスの灯」のモディリアーニとその妻に似ている(但し、彼はイタリア生まれ)。

 

「広重ぶるう」の演出は生活苦を暗くは描いていないし、テンポが良く、ところどころにユーモアも入れるそつのなさ。

そして泣かせる。ウェルメイドな時代劇だ。

何より、広重を主人公にしたドラマを以前からずっと見たかったので、これは嬉しかった。

 

が、ふと思う。

 

妻・加代が全く愚痴も弱音も吐かずやり繰りしているらしいその様子が、時代劇とは言え、ステレオタイプに見える。こういう糟糠の妻の描き方は昔は多かったし、実際こういう女性はいた(うちの母親もこういうタイプに近かった)。

男性から見ると加代は理想的な妻だろう。

綺麗で、いつも笑顔で、夫の金の無心にも一つ返事でО・K。

そして長患いもせず死んで行く。

・・・なんだかなあ。

 

広重さん、幸せだなあ。

 

 

 

 

今日もお付き合いいただき、ありがとうございました。