東京マンゴー園
今日のネタいやテーマは、最初<さようならチャンタブリ>
にしようと思ったんだが、
それだと今のオレの心情、、、<今回が、、オレがこのタイの
田舎町チャンタブリを訪れる最後の機会だったのでは>と
思った刹那的な気分を、、、、あまりにもストレートに表現
しすぎるのではと感じてもっと一般的な、誰にでも通用
する、より詩的な<花は枯れた>にしたんだ、、じゃあ
<花は枯れた>とは、今日のオレが、まったく架空の、
ありもしない話を持って来たのかというと、そうではない
なぜなら今いるオレのチャンタブリの定宿、かつての
ジュライホテルのような昔の<旅社>スタイルがそのまま
残るこのホテルチャイリー<1泊290バーツファンのみ>
の部屋のテーブルには、一昨日の夜市場で買った蘭の花が
小さな花束をペットボトルに入れたインスタントな花瓶に
挿した紫色の小さな蘭の花が、、、今、、これから、この
チャンタブリを離れる、、バンコクへ戻るオレを優しく
見送ってくれるハズだった花束が、、、、哀れその花弁の
多くを花瓶の下、、テーブルと床の上に、、その花弁の
多くを散らしてしまった、つまり市場で1束20バーツ
で買った蘭の命は短かった、、たった1日半でこの花は
その命を終えたんだ
という花の命の短さ、哀れさというのを見ながらオレは
このチャンタブリの花とは、、、対称的な自分の今まで
生きた人生の長さというものを振り返ったんだ、なぜなら
オレの人生は<長く生きすぎた>と思う、、あの35年前
女子大生のC子と、初めてこのチャンタブリへヤッて来た
時の自分は、、<、こんな無頼な、オンナの尻ばかり♡
追いかける世界放浪の旅なんかばかり、続けていたら、
オレは長生きできない、、せいぜい30代か40代の
うちに、フィリピンか南米辺りで強盗かゲリラなんか
に撃たれて死ぬだろう>と思った、それがこうして
70才になっても、またC子との情事の記憶が残る、
このチャンタブリに再訪を繰り返したんだ
つまりオレの人生と言うんは、常に過去の栄光、昔の
若かった時のジュライやスワイパーに無限に3ドルの
オンナがオレに微笑んでくれた時代だけを追憶して、
シビアな辛い現実、、、日本人が、オレが旅を始めた
ジュライの時代から、、、ず~~と長い衰退の歴史を
続けた現実をオレは忘れようともがいて、その方法が
オンナの体に、、刹那的な貝楽に、自分を忘れた人生
だった
# と言って、過去の遊びの打ち込みを
正当化すんな、、
ナナ









