nanoの芸能ブログ♪
高所作業員として働きながら、BLANKEY JET CITY を結成し、ギターボーカルを務める。1990年に出演した「三宅裕司のいかすバンド天国 」で第25代目イカ天キング(6代目グランドイカ天キング)となり、翌年メジャーデビュー。以後、2000年7月9日横浜アリーナ 2Days「LastDance」に至るまでの10年間活動を続けた。

解散後は、以前よりソロワークとして結成していたSHERBETS に活動の主軸を移す。また、同時期に独自のレーベル“SEXY STONES RECORDS ”を設立する。 2001年、SHERBETSと平行する形でUA をボーカルに迎えたAJICO や、2002年2月には、スリーピースバンド、JUDE を結成し、精力的な活動を続けた。 2006年7月からは、浅井健一ソロ名義での活動をスタートさせ、ファースト・アルバム『Johnny Hell』を発表。そして2007年6月には、アルバムを同時に2枚リリースし、全国26本のツアーを行った。

現在は、女性ロックバンド、LAZYgunsBRISKY のプロデュースも行っている。

音楽以外の活動としては、数冊の画集・絵本などを発表しており、2008年5月より初の個展を開いている。

BLANKEY JET CITYから浅井健一ソロ名義に至るまでの約20年間、どのユニットに置いても大変な多作であり、ファンの間では「浅井の棚卸し」「ベンジーハナウタ作品説」を称えるものもいる。[要出典 ]その総曲数は1500曲にも上り、熱狂的ファンの間ではコンプリートする事は困難であるとされる。またこの多作ぶりがのちのロッキンオンジャパンとの確執の決定打ともなる