鎌倉殿の13人 | ナニワの歴女が行く 

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こんにちは。

 

今日も日光に当たってはいけないため、会社を休み、カーテンを閉め切った部屋で過ごしております。

 

さて、去年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」を4月に入ってから一気見しており、昨日見終わりました。

大河ドラマを短期間で一気見するととても見応えがあります。

 

源頼朝が鎌倉幕府を開くまでのお話は、平家が滅ぶことを中心に義経の物語を含め知っておりましたが、北条氏が執権政治をどのようにして行うようになったかは全く知りませんでした。

そもそも、源頼朝は全く好きではなく、義経もそれほど好きでもありません。

私が源氏を好きになれないその感じがよく表現されているドラマでした。

三谷幸喜さんが書いたこのドラマがどこまでが真実なのかはわかりませんが、政子は実際ああいう感じだったのかなぁと思ったりもしています。

 

北条政子、日野富子、淀殿など歴史上目立った女性は大体性悪っぽく言われることが多いですが、確かに気の強さはあったでしょう。

でも、男たちの戦の世で、戦場にも出られない女性がどれほどのことができたのかと思うと、後世の描かれ方は男性が書いたものであり、本当とはちょっと違うのではないかとずっと思っております。

確かに女性は我が子のために鬼にもなれるともいいますが、どうなんでしょう。

りくのように、夫などをそそのかすことは可能かもしれませんけどね。

今回の政子は本当はもうちょっと強かったかもしれませんが、我が子や我が孫、自分の身内や親しい者が次々と殺されていく中、なす術もなかったのではないでしょうか。

ただ、夫や我が子、身内を思い、ひたすら世の安寧を願っていたのではないかと思いたいです。

 

また、歴史書は世界的にも大体が勝者が自分に都合良く書くもの。

そこに相手が女性が関わってくると、ぼろかすなんでしょうね。

 

それにしても史実ではあるのでしょうが、今回の鎌倉殿は本当に多くの人が死にました。

初回に出ていた人のほとんどが死んでしまいました。

しかも、暗殺も含め、病死や戦で散るとかではなくはめられたりして、亡くなっています。

しかもそのはめ方が、勝手な私個人のイメージですが、戦国時代の調略のしてやったりと言った爽快感はなく、とてもとても陰湿な感じを受けました。

 

それにしても史実ではあるのでしょうが、今回の鎌倉殿は本当に多くの人が死にました。

初回に出ていた人のほとんどが死んでしまいました。

しかも、暗殺も含め、病死や戦で散るとかではなくはめられたりして、亡くなっています。

 

義時演じる小栗旬さんは、父の時政を追いやってから急に顔つきも変わり悪くなります。

頼朝は確かに鎌倉幕府の最初を作った人かもしれませんが、実質鎌倉幕府を作った人は義時なんじゃないかなぁと思いました。

あんまり好きじゃない鎌倉幕府ですが、それでも130年ほどは北条氏の執権政治で続いたわけですから・・・

 

鎌倉には行ったことがなく、一度は行ってみたいと思ってはいるのですが、あまりに多くの血が流れて作られた都なんだと思うとあんまり縁起がいい気持ちのいい土地ではないなぁと思いましたあせる(鎌倉の人、ごめんなさい)

そういう意味では、戦国時代(応仁の乱とか)や幕末の京都でもめちゃくちゃ血流れてますけどね。

 

ただ、今回の鎌倉殿の最後はもう少し明るく終わってほしかったです。

泰時は名執権として名前を残しているのでまあいいとして、せめて、その後の政子や実衣、のえ、五郎や三浦の行く末、次の鎌倉殿はどうなったのかなどナレーションでも入れてほしかった。

そして、その後の鎌倉幕府は、足利尊氏などに滅ぼされるまで、安定していたのかなど・・・

確か鎌倉時代に宗教がたくさん発生してますよね。

宗教が多くなるということは、やっぱり民は幸せに暮らせてはいなかったのかな。

すぐ後の伊賀氏の乱や時宗の時代には元寇などもありますし、鎌倉時代に明るいイメージもないんですけどねぇ。

 

これで、やっと今年の大河「どうする家康」に入れますニコ