龍神の夢
「星になった龍と少年」
序章
人里はなれた山奥に、
美しい娘の姿をした、龍が住んでいた。
その龍は、水と大地を司る神であり、
村を守っていた。
第一章 薪拾いの日
村には、レンという名の少年が、
両親と幼い弟と、農業を営み、貧しいながらも、
幸せに暮らしてた。
少年はすでにこの頃から、
両親の手伝いで毎日山に
薪にするための
枯れ木を拾いに出かけていた。
ある日、いつものように大きな籠を背負い
山へと出かけたレンは、枯れ木を集めていた、
いつの間にか霧が立ちこめて、
山奥へと迷い込んでしまった。
周りの景色が見えなくなる中で、
不安を抱えながら進む
『もし、山で迷ったら、川を見つけてその川に沿って
下って行くと必ず、村に降りて来られる。』と母から
聞いていた言葉を思い出して、
耳を澄まし、水の流れる音を探していると、微かに
水の流れる音がした。
レンは音のする方向へと進んだ。
やがて霧が少しはれてくると、
透き通った水が滴り落ちる滝のほとりに、娘が立っていた。
娘は、白い着物を纏い、
黒髪が風に揺れて、
川底のように深く澄んだ瞳で優しくレンを見つめていた。
レンは人がいることで、少し安堵したが
この世の者とは思えない、
美しい娘に驚き
「あなたは……誰?」 勇気を出して尋ねた。
「私はこの山の守り神……水と大地を司る者、名はジン」と
静かに答えた。
「僕はレン」と少年もつかさず答え
それが、ふたりの出会いだった。
第二章 心優しき少年
少年は、澄んだ深い藍色の瞳に、ジンの姿を映していた。
ジンは少年の瞳に映る、自分の姿を不思議な感覚で
見つめ、まるで少年の瞳の中に自分が住んでいるかのような
錯覚さえ覚え、嬉しかった。
滝のほとりの大きな岩に並んで座り、
レンは無邪気に村での暮らしをジンに話して聞かせた。
両親の手伝いの為、毎日枯れ木を集めていること、
タオと言う名の弟がいること、
まだ幼い少年が、両親のために日々働き、
誰かの為に何かをすることが自然な、
レンの優しさにジンは心打たれ、
この少年の力になりたいと思った。
レンは枯れ木集めが楽しみになり、
毎日のように滝まで通いとりとめのない
日々の暮らしをジンに話した。
ジンは静かに、ただ微笑んでレンの話を聞いていた。
幾年月が過ぎ、レンは少しずつ成長していった。
姿形の変わらないジンと、背丈も変わらなくなった頃、
滝に行っても、ジンは姿を見せることがなくっていった。
レンは大人になってゆく、
龍神であるジンは不死の存在であり、
人の時間とは異なる流れの中で生きている。
レンは人の世で働き、妻をめとり子をつくり、
生きて行かなければならないと思い、
ジンはもうレンの前に姿を見せることをやめたのだった。
それでも、農作業に汗流す、
レンを見守り続けて、大地を水で潤し、
豊かな実りになるように、力を尽くし、
レンや村の人々の生活を支えた。
第三章 戦争の影
レンは家族はもとより、村人たちも頼りにするような
たくましい若者へと成長していった。
しかし、その頃外の世界では戦争がはじまり、
村にも暗い影が迫り始めた。
レンもまた、村を守るために戦いに駆り出されることになった。
いよいよ戦に行く前の夜、
家族や村人たち、共に戦にいく村の若者数人と
しばしの別れのささやかな宴が行われていた。
そんな最中、レンはどうしても今一度、
ジンに逢いたくて宴を抜け出し、
暗い道を月灯りだけをたよりに、夢中で滝まで走り、
ジンの名を叫んだ。
異変を感じたジンは、レンの前に姿を現し、
ふたりは、数年ぶりの再会を果たした。
レンが戦に向かうことをジンには察しがついていた。
自然あいての手助けならいくらでも出来るけど、
人の世の情勢などに、関わることはいくら龍神でも出来るはずもなく、
「行ってはだめ」と止めることしか出来なかった。
だけど、レンは
「村のみんなを守るために、私は行かなければならない。」
互いをどれほど大切に思っていたか、
改めて知ったふたりは、手を握りあい。
「どうか……無事で戻ってきて。」と言うジンの
言葉を胸に、レンは戦場へと旅立った。
第四章 最後の帰還
戦場での日々は、残酷で過酷だった。レンは数多くの戦闘を生き抜いてきたが、
致命的な傷を負ってしまい。
瀕死の状態となったレンの心に浮かぶのは、ジンの姿だった。
「もう一度、会いたい……」
その思いだけを支えに、レンは故郷の村へと戻った。
家族は、瀕死のレンを見て、手当をしようとした。
「もう、僕は助からない、最後は大好きな山で死にたい、
タオ、お父さんお母さんを頼む」と言って、
皆が止めるのも、聞かず這うよう山へ向かって行った。
「兄さん!」慌ててタオは後を追った。
ジンの元へと思う一心、慣れた山道はレンには
容易く、後を追うタオはレンを見失い、それでも
山を探しまわった。
レンはやっとの思いで、
ジンの住む滝のほとりへとたどり着いたが、
その命はまさに尽きようとしていた。
「レン……」
その声は彼の心を包み込むように優しく響いた
「もう苦しまなくていい。私はここにいる。」
ジンは静かにレンを抱きしめ、優しい水のように彼の体を癒した。
「ああジン 戻ってきたよ」その言葉を最後に
レンは、ジンの腕の中で、安らかに息を引き取った。
第五章 星になった二人
ジンは、レンを抱きしめたまま、しばらく動くことすらできなく。
瞳には涙が溢れだし、
その涙が止まる頃、決意に満ちた表情に変わり。
ジンは、レンの体を抱きかかえ、美しい龍の姿へと変わり、
レンを探していた、タオの頭上をかすめ
「兄さん」と叫ぶタオを振り返り小さくうなずき、
空へと高く高く登り、やがてふたつの星となり、
夜空のその星は、寄り添うように輝いた。
タオは最後に龍が後のことは頼む、と言ったような気がして
星を見上げ、龍を愛した兄の伝説を語り継いだ。
エピローグ
戦場となった場所に、百日もの間、雨が降り続き
戦いどころではなくなり、戦争は終わった。
それからというもの、山の大地はさらに豊かに潤い、
村には平和が戻ってきた。村人たちは夜空に輝く星を見上げ、
二人の魂が永遠に寄り添い、村と大地を守り続けていることを信じた。
その星は、今もなお、空に輝いている。