人生色々・・・あなた色に塗りましょう -1454ページ目

2/11今日のスパゲッティ

久々にスパゲッティ食べました。

ロニィ名物3種盛りランチ


パンチェッタとキャベツのトマトソースのスパゲッティです。

オムライスと絶品ハンバーグ。
サラダとスープもついてます。

今日は私たち夫婦の結婚記念日。

2000年の建国記念の日に結婚しました。

12年経っても仲良く過ごせることに感謝です(^-^)


早起き1129日目

街並みは 如何に変われど 変わらぬは
富士のお山と お天道様よ



おはようさまです。


学生時代は静岡県の沼津に1年、清水に5年年住んでいました。


あれから20数年が経った街並みを見てみると、さすがに変わっていましたね。


10年前は面影が濃くて懐かしい景色に住んでいた頃の記憶が甦りましたが、今回は面影の薄れた街並みを見て時の流れを実感しました。


それでも「ああ変わらないんだ」と感激したのは、富士山の雄大な姿と街並みを照らすお日様の光。


自然は20年位では姿は変わりません。


やはり人間の寿命は自然の営みの中では短いのです。


その短い人生ですが、人によっても長さが違う。


100年位は差がありますよね。


それで、平均寿命よりは長く生きたいと願う人が多いですね。


寿命の長さを競っているのでしょうか。


その割には病院は患者様で溢れています。


病人が多いです。


不健康で長生きな人が多いのでしょう。


テレビからは健康法やら健康食品の情報が垂れ流され、これさえやれば健康になれるという錯覚というか洗脳と呼べそうな状況です。


この身体は自分のものではない。


両親から頂いた肉体です。


産んでくれなんて頼んだ覚えは無いなどと親を恨んだ記憶は誰にでも一度や二度はあるでしょう。


中には一生親を恨み続けている人も居ます。


しかし、今自分がここに生きているのは両親がいたからです。


どんな親であろうとも、自分の始まった根本なのです。この事実は変わりません。


結果には必ず原因があります。


あなたという結果は、あなたの両親が原因ということです。


だから、今不幸なのは両親のせいだと思うのです。親の育て方が悪かったのだと恨むのです。


そんな風に思ってしまっても仕方がないです。人は自分が一番大切ですからね。そう思う心情はよく分かります。


痛いのは嫌だし、苦しいのは嫌いだし、美味しい思いは大好きですよね。


だから、不幸を感じている時は何かのせいにするのです。


自分は悪くない。悪いのは親だ社会だと。



都合の悪いことは誰かに責任転嫁してしまう。


無責任はとっても楽チンです。心が軽いです。文句言っていれば満足感が得られます。


でもそれは錯覚なんです。


悪い感情は肉体を蝕むのです。


痛みを伴うのです。


痛みを感じるのです。


責めれば責めるほどに脳内に快感物質が放出され気持ちよくなるのです。


なんと、心の痛みを和らげるために脳内に麻薬と似た成分が分泌され、心の痛みを麻痺させているのです。


何とも悲しいことです。


何とも愛しい我が肉体です。


我が身を傷つけながら、一方で痛みを和らげているのです。


だから、自分では自分の心の痛みには中々気づけないのです。


だから、他人の姿から学ぶのです。そこから気づくしかないのです。


他人は私の鏡に映った姿です。


自分で選択してきた結果が、楽な方を選んできた結果が、今の自分の人生です。責任転嫁してきた結果です。


人生には選択肢しかありません。


それは朝目が覚めた瞬間から始まります。


サッと起きるか、二度寝するか(笑)


親から頂いた肉体を活かすも殺すも自分次第です。


苦しい道を選択しても、楽な道を選択しても、どちらも痛みを伴うのですが、結果は同じにはなりません。


楽な道を選んでも結果的に幸せにはなれません。


痛みを感じないと身体は蝕まれます。


痛みは感じることで身体を鍛えます。


さあ親から頂いたこの身体を目一杯使って今日も人生を謳歌しよう!

早起き1128日目

降り注ぐ 光の粒に 包まれて
命を駆ける 始まりの朝



おはようさまです。


三日間かけて経営者倫理セミナーを受講しました。


参加する前に多くの先人より洗脳を受けてましたので、その殻を破ることから始まりましたね(笑)


先入観は己のワガママそのものですね。


それにクセも。


最初のオリエンテーションで色々受講中の注意事項を聞いたのですが、聴くという説明もありましたが、全然聴いてない、聴いたつもりになっている自分がいました。


それは、他の受講者の姿を見ていて気がつきました。


全く素直さの欠片も無いなと反省した次第です。


素直さについては、普段から意識していましたが、真の意味を味わってはいなかったということです。


講話で聴いて知識はあっても正に実践が伴っていない状態です。


味わうとは頭の中で想像することではなくて、やってみて身体全体で五感で感じることでした。


不幸なのは素直さが無いからです。


これに尽きます。


自分の思い描いた通り(ワガママやクセ、自分の都合)にならないことに心が縛られるから不自由さを感じる訳です。


自然の中で生きる自分にとって、我が身に起こってくる様々な事象は自分の力ではどうすることも出来ません。


どうにもならないことをどうにかしようとしても、決してどうにかなったりはしません。


そんなことに一喜一憂している暇はありません。


人生は短いのです。


人生を謳歌しよう。


どんなに念じても雪が降るのを止められはしません。


雪は積もればいいのです。


目の前に与えられた条件の中で最善を生きればよいのです。


自然の中に生きる者が、自然から離れるから逆らおうとするから痛みや苦しみを感じるのです。


そういった苦難は、自然から外れているだけ強く大きくなるのです。