早起き1160日目
おはようさまです。
楽しい時間は早く過ぎるもの。
つまり、人間は時の刻みを変えられる訳です。
凄いですよね。自分にこんな力があったなんて^^
例えは今朝もそれを実感しました(笑)
目覚まし時計のベルを止めて普段ならサッと起き上がるのですが、身体と頭が起き上がることを拒絶することがあります。
夢と現実の狭間に居るとき、人は時間を超越します。
半覚醒状態は、色々なリミッターが外れた状態です。
とにかく、スピードが違います。
場面がガラッと変わった瞬間、何の違和感もなく夢の中のストーリーは進んでいきます。
これが、普通の夢の中だと妙に冷静な自分がいて、少しの違和感からコレは夢だと気がつくのですが、半覚醒状態では展開が速くてドンドン加速していく感じです。
脳の潜在能力の部分も動いているのでしょうね。
一つの出来事から十を瞬時に同時並行的に知る訳です。
ジグソーパズルの要のピースがはまって、全体像がクリアーになっていく感じに似ています。
幾つもあるジグソーパズルを同時にやっている感じです。
ポンポンとピースが連鎖的にはまって別々と思っていた事が、はまった瞬間繋がって広がっていく。
立ち止まり考えている時間は無く、とにかく進んでいきます。
ストーリーがドンドン増殖し、同時に進行していくので、終いには私の能力の限界がきて、物語のバランスが崩れて我に帰るのです。
複数の話しを楽しむ分、時間の密度が濃い訳です。
人間の能力ははかり知れません。
まだまだ、未知の部分が多いのです。
つまり、我々は可能性の塊のような存在と言えましょう。
可能性とは信じきること。
これに尽きます。
自分を信じ、他人を信ずれば、世界は変わる、広がっていく。
世界平和とはそんな信頼関係の輪を築くこと。
楽しい時間は早く過ぎるもの。
つまり、人間は時の刻みを変えられる訳です。
凄いですよね。自分にこんな力があったなんて^^
例えは今朝もそれを実感しました(笑)
目覚まし時計のベルを止めて普段ならサッと起き上がるのですが、身体と頭が起き上がることを拒絶することがあります。
夢と現実の狭間に居るとき、人は時間を超越します。
半覚醒状態は、色々なリミッターが外れた状態です。
とにかく、スピードが違います。
場面がガラッと変わった瞬間、何の違和感もなく夢の中のストーリーは進んでいきます。
これが、普通の夢の中だと妙に冷静な自分がいて、少しの違和感からコレは夢だと気がつくのですが、半覚醒状態では展開が速くてドンドン加速していく感じです。
脳の潜在能力の部分も動いているのでしょうね。
一つの出来事から十を瞬時に同時並行的に知る訳です。
ジグソーパズルの要のピースがはまって、全体像がクリアーになっていく感じに似ています。
幾つもあるジグソーパズルを同時にやっている感じです。
ポンポンとピースが連鎖的にはまって別々と思っていた事が、はまった瞬間繋がって広がっていく。
立ち止まり考えている時間は無く、とにかく進んでいきます。
ストーリーがドンドン増殖し、同時に進行していくので、終いには私の能力の限界がきて、物語のバランスが崩れて我に帰るのです。
複数の話しを楽しむ分、時間の密度が濃い訳です。
人間の能力ははかり知れません。
まだまだ、未知の部分が多いのです。
つまり、我々は可能性の塊のような存在と言えましょう。
可能性とは信じきること。
これに尽きます。
自分を信じ、他人を信ずれば、世界は変わる、広がっていく。
世界平和とはそんな信頼関係の輪を築くこと。
早起き1158日目
おはようさまです。
鎮魂。
それは残されし者の視点からの言葉。
生きている者にとって生と死は天と地くらいの差がある。
そこに特別な感情を覚えるのは、生き物の中で人間だけの特徴である。
墓を建て弔うことは、この自然界の中で人しか行なっていない。
生と死とを別けて考えるからニュアンスが違ってきた。
自然界では生と死はワンセットであり、死を迎えることは何ら特別なことではない。
地球と呼ばれる星の生命循環システム上の一つの状態に過ぎない。
生と死を別けて考えたところに人類発展の鍵がある。
死は逃れられないのが自然界の常識である。
環境に順応すべく進化を遂げた者がより寿命が長くなった。
やがて、色んな発見をして医療技術が死を克服していき人の寿命は伸びていった。
終いには“不死”などという、この世界の大前提を無視する愚かな権力者まで現れた。
我々は生命循環システムの中で生かされています。
その流れに逆らうことは、このシステムを拒否することになるし、自分の存在を否定することになります。
生きている者にとって絶対に経験できないこと、それが死です。
死んだ瞬間から、もう生きていませんから。
死の淵から生還する人が稀にいますが、その方々が言うには死後の世界は楽園だそうですね。
鎮魂とは、鎮めるという意味があります。
死がマイナスのイメージだからでしょうか。
楽園なら、喜ぶべきではないでしょうか。
死んだ後のことは、死んでからでないと知り得ません。
だから、どうにもならないことに意識をむけるのではなく、生きている世界をより良くすることを考えましょう。
突然人生が奪われたように感じるのは、生きている者の視点でのはなし。
死者の声が聴ける人が言うには、彼らは納得されていると聴いた覚えがあります。
いつの時代にも、打ちのめされる出来事に遭遇し絶望を目の当たりにしながらも、人類は力強く立ち上がってきました。
それは、未来があるからでした。
明るい希望の光は頑張る力の源なのです。
ある意味、亡くなられた方の魂が残された者に生きる力を与えているようにも見えますね。
鎮魂。
それは残されし者の視点からの言葉。
生きている者にとって生と死は天と地くらいの差がある。
そこに特別な感情を覚えるのは、生き物の中で人間だけの特徴である。
墓を建て弔うことは、この自然界の中で人しか行なっていない。
生と死とを別けて考えるからニュアンスが違ってきた。
自然界では生と死はワンセットであり、死を迎えることは何ら特別なことではない。
地球と呼ばれる星の生命循環システム上の一つの状態に過ぎない。
生と死を別けて考えたところに人類発展の鍵がある。
死は逃れられないのが自然界の常識である。
環境に順応すべく進化を遂げた者がより寿命が長くなった。
やがて、色んな発見をして医療技術が死を克服していき人の寿命は伸びていった。
終いには“不死”などという、この世界の大前提を無視する愚かな権力者まで現れた。
我々は生命循環システムの中で生かされています。
その流れに逆らうことは、このシステムを拒否することになるし、自分の存在を否定することになります。
生きている者にとって絶対に経験できないこと、それが死です。
死んだ瞬間から、もう生きていませんから。
死の淵から生還する人が稀にいますが、その方々が言うには死後の世界は楽園だそうですね。
鎮魂とは、鎮めるという意味があります。
死がマイナスのイメージだからでしょうか。
楽園なら、喜ぶべきではないでしょうか。
死んだ後のことは、死んでからでないと知り得ません。
だから、どうにもならないことに意識をむけるのではなく、生きている世界をより良くすることを考えましょう。
突然人生が奪われたように感じるのは、生きている者の視点でのはなし。
死者の声が聴ける人が言うには、彼らは納得されていると聴いた覚えがあります。
いつの時代にも、打ちのめされる出来事に遭遇し絶望を目の当たりにしながらも、人類は力強く立ち上がってきました。
それは、未来があるからでした。
明るい希望の光は頑張る力の源なのです。
ある意味、亡くなられた方の魂が残された者に生きる力を与えているようにも見えますね。
