早起き2066日目
おはようさまです。
想像してみる。
どんな思いだったのか。
行動の元は、やはり思いなのである。
無意味に動くことは無い。
必ず動かなければならない訳がある。
それを想像してみるのだ。
一流のコンシェルジュが、お客様の言葉や表情、仕草などから、このお客様が本当は何を求めているのかを察するように。
言葉の通りにやっていたのでは無難になってしまう。
言葉で表現しきれない微妙なニュアンスに共感していく。
言葉の限界を知り、言葉を聴く人でありたい。
想像してみる。
どんな思いだったのか。
行動の元は、やはり思いなのである。
無意味に動くことは無い。
必ず動かなければならない訳がある。
それを想像してみるのだ。
一流のコンシェルジュが、お客様の言葉や表情、仕草などから、このお客様が本当は何を求めているのかを察するように。
言葉の通りにやっていたのでは無難になってしまう。
言葉で表現しきれない微妙なニュアンスに共感していく。
言葉の限界を知り、言葉を聴く人でありたい。
早起き2065日目
おはようさまです。
過去を振り返っても、そこに訳を探しても、過去は過去のまま何も変わらない不変なのが過去の出来事である。
そうすることで、多少は捉え方に変化が生じて気が楽になるとは思う。
無理矢理と理由をこ じつけて、自分の都合の良いように自分を納得させる言い聞かせるのは、自分の心を安定させる為の本能的なもの。
結局は無理矢理なこじつけなので、自分の中で自覚出来ない位の少しの違和感は残るが、不安感などはおさまって心は落ち着く。
この落ち着くことが大事。
心が安定しているからこそ、そこから長い時間を掛けて少しの違和感も消化されていく。
正確には、消化されて歪んでいく(笑)
人各々立場が違うから見える景色も少し違うから、微妙な言い訳のニュアンスも変わって当然で、そうやって皆が微妙に違っているから、個性なのである。
心が言い訳をしなかったら、真っ直ぐだったら、皆一緒な考えになる。
熱心な信者などがそんな感じしょうか。
人は言い訳を塗り重ねて歳を重ねますというお話でした。
過去を振り返っても、そこに訳を探しても、過去は過去のまま何も変わらない不変なのが過去の出来事である。
そうすることで、多少は捉え方に変化が生じて気が楽になるとは思う。
無理矢理と理由をこ じつけて、自分の都合の良いように自分を納得させる言い聞かせるのは、自分の心を安定させる為の本能的なもの。
結局は無理矢理なこじつけなので、自分の中で自覚出来ない位の少しの違和感は残るが、不安感などはおさまって心は落ち着く。
この落ち着くことが大事。
心が安定しているからこそ、そこから長い時間を掛けて少しの違和感も消化されていく。
正確には、消化されて歪んでいく(笑)
人各々立場が違うから見える景色も少し違うから、微妙な言い訳のニュアンスも変わって当然で、そうやって皆が微妙に違っているから、個性なのである。
心が言い訳をしなかったら、真っ直ぐだったら、皆一緒な考えになる。
熱心な信者などがそんな感じしょうか。
人は言い訳を塗り重ねて歳を重ねますというお話でした。
早起き2064日目
おはようさまです。
人は考える頭を持っている。
だから、何でも理由を求めてしまう。
小さい頃は誰もが沢山の疑問に囲まれて、
なぜ?、なに?、どうして?
と質問しまくることが毎日の日課だっただろう。
分からないことを知りたいという欲求や好奇心の塊のような存在であっただろう。
それは大人になっても同じで、理解出来ないことに対しては、何とか理由を求めてしまう。
時には無理矢理にでも理由をこじつけて、理由があるから納得出来るのだと、自分を思い込ませている。
この世界は、人の頭脳で把握出来るような狭いものではありません。
無限に広がる大宇宙。
その先に思いを馳せても、どうなっているかは想像も出来ないでしょう。
また、この掌に乗っている米粒を顕微鏡でどんどん拡大していくとその先はどうなっているでしょう。
無限に拡大出来るのです。
無限に広がり、無限に狭まる。
どんどん拡大していった時、最後はゼロになるような感じは何となく分かりますが、じゃあゼロになる直前は何なの?、ゼロとの違いは?
言葉では説明しきれないのが、私たちの住んでいる、生きている、世界なのです。
言えば既に違うのです。
信じるともニュアンスが違う、感じて納得する。察するような感覚。
言葉で理由を述べようとしても、人の頭脳では無理なのです。
今の世界の有り様は、無理をしたから歪んだのです。
人は考える頭を持っている。
だから、何でも理由を求めてしまう。
小さい頃は誰もが沢山の疑問に囲まれて、
なぜ?、なに?、どうして?
と質問しまくることが毎日の日課だっただろう。
分からないことを知りたいという欲求や好奇心の塊のような存在であっただろう。
それは大人になっても同じで、理解出来ないことに対しては、何とか理由を求めてしまう。
時には無理矢理にでも理由をこじつけて、理由があるから納得出来るのだと、自分を思い込ませている。
この世界は、人の頭脳で把握出来るような狭いものではありません。
無限に広がる大宇宙。
その先に思いを馳せても、どうなっているかは想像も出来ないでしょう。
また、この掌に乗っている米粒を顕微鏡でどんどん拡大していくとその先はどうなっているでしょう。
無限に拡大出来るのです。
無限に広がり、無限に狭まる。
どんどん拡大していった時、最後はゼロになるような感じは何となく分かりますが、じゃあゼロになる直前は何なの?、ゼロとの違いは?
言葉では説明しきれないのが、私たちの住んでいる、生きている、世界なのです。
言えば既に違うのです。
信じるともニュアンスが違う、感じて納得する。察するような感覚。
言葉で理由を述べようとしても、人の頭脳では無理なのです。
今の世界の有り様は、無理をしたから歪んだのです。