早起き2490日目
おはようさまです。
花粉症かと思たら風邪をひいたみたい。
朝の集まりで、突然くしゃみが四連発でて、何か鼻の奥に入った感じでした。
午前中は鼻水が気になりだして、午後からは身体全体に軽い痛み。38℃位の発熱でしょうね。
熱の高さで痛みの強さが変わりますよね。
痛怠い感じ。
夜は熱にうなされる感じで寝付けませんでした。
だから、今朝はゆっくりしています。
調子が悪い時は、無理しないで養生に心掛けます。
花粉症かと思たら風邪をひいたみたい。
朝の集まりで、突然くしゃみが四連発でて、何か鼻の奥に入った感じでした。
午前中は鼻水が気になりだして、午後からは身体全体に軽い痛み。38℃位の発熱でしょうね。
熱の高さで痛みの強さが変わりますよね。
痛怠い感じ。
夜は熱にうなされる感じで寝付けませんでした。
だから、今朝はゆっくりしています。
調子が悪い時は、無理しないで養生に心掛けます。
早起き2489日目
おはようさまです。
日本はお箸の国と呼ばれたりします。
和食とお箸には作法があり、親から子や孫へと伝えられてきた歴史があります。
最近では世界的に 和食が注目されています。しかしながら、正しい作法が軽視されています。
形式ばったお作法から、省略されたりして簡単便利が巾をきかせています。
昨夜は、そんな和食のお作法を学ぶ場に参加しました。
箸の上げ下げ、お椀の持ち方、色々指導頂きました。
そこで感じたのは、お箸の取り扱いは指先を器用に使うので、手先が器用になるということ。
日本人は手先が器用だと言われるのは、お箸を正しく使うから。普段の生活の中で自然と鍛えられるのでしょうね。
お上品に食べるのは、肩が凝る感じがしましたが、その所作の美しさは憧れました。
品よく生きたいと思います。
日本はお箸の国と呼ばれたりします。
和食とお箸には作法があり、親から子や孫へと伝えられてきた歴史があります。
最近では世界的に 和食が注目されています。しかしながら、正しい作法が軽視されています。
形式ばったお作法から、省略されたりして簡単便利が巾をきかせています。
昨夜は、そんな和食のお作法を学ぶ場に参加しました。
箸の上げ下げ、お椀の持ち方、色々指導頂きました。
そこで感じたのは、お箸の取り扱いは指先を器用に使うので、手先が器用になるということ。
日本人は手先が器用だと言われるのは、お箸を正しく使うから。普段の生活の中で自然と鍛えられるのでしょうね。
お上品に食べるのは、肩が凝る感じがしましたが、その所作の美しさは憧れました。
品よく生きたいと思います。
早起き2488日目
おはようさまです。
美味しいベーコンを買ったので、カルボナーラを作った。
僕のレシピは、30年前の雑誌のイタリア料理の特集記事。イタ飯という言葉が一世を風靡したバブリーな時代。高3の夏(笑)
東京のリストランテで イタリア人シェフが作る本場のカルボナーラの作り方が申し訳程度に載っていた。
誌面の都合でレシピ本から比べると、写真は小さいし、文章は少ないしで、これを見て作るのは勇気がいるだろう。
何度も読み返し、想像した。
食べたことの無い料理を作るのは難しい。
他に似たものがあるなら想像し易いのだが、カルボナーラなんて見たことも聞いたこともない、未知の料理だった。
最初、コンビニで調達出来た食材でやってみたが、生クリームは牛乳、チーズは粉チーズ、ベーコンはスライスのハム。黒胡椒なんて知らないからテーブルコショウ。
ソースの準備段階で失敗を覚悟した。それは余りにもイメージと違っていたから。
出来上がった料理は確かに不味かった(笑)
その反省から、食材はレシピ通りの本物を
使うようにした。手に入らないなら作らないのである。
手に入るようになったのは、それから10年後位かな。
それまでに、色々カルボナーラを食べ歩いたが、どれもイメージと違った。
イメージ通りだったのは、新婚旅行で行ったフィレンツェの小さなリストランテで頼んだカルボナーラ。超感動した。
美味しさよりも、自分が作るものに感じが似ていたから。
そこからである。
前世がイタリア人になったのは(笑)
イメージの大切さを実感したのは。
行間を読むことの意味を痛感したのは。
あの記事の中には、本物が表現されていた。
何度も何度も読み返し、想像し、イメージを膨らませた、その体験が行間を読むというニュアンスの世界に繋がったのだった。
人の想いは、最大限の興味を持って聴けば伝わるものである。
美味しいベーコンを買ったので、カルボナーラを作った。
僕のレシピは、30年前の雑誌のイタリア料理の特集記事。イタ飯という言葉が一世を風靡したバブリーな時代。高3の夏(笑)
東京のリストランテで イタリア人シェフが作る本場のカルボナーラの作り方が申し訳程度に載っていた。
誌面の都合でレシピ本から比べると、写真は小さいし、文章は少ないしで、これを見て作るのは勇気がいるだろう。
何度も読み返し、想像した。
食べたことの無い料理を作るのは難しい。
他に似たものがあるなら想像し易いのだが、カルボナーラなんて見たことも聞いたこともない、未知の料理だった。
最初、コンビニで調達出来た食材でやってみたが、生クリームは牛乳、チーズは粉チーズ、ベーコンはスライスのハム。黒胡椒なんて知らないからテーブルコショウ。
ソースの準備段階で失敗を覚悟した。それは余りにもイメージと違っていたから。
出来上がった料理は確かに不味かった(笑)
その反省から、食材はレシピ通りの本物を
使うようにした。手に入らないなら作らないのである。
手に入るようになったのは、それから10年後位かな。
それまでに、色々カルボナーラを食べ歩いたが、どれもイメージと違った。
イメージ通りだったのは、新婚旅行で行ったフィレンツェの小さなリストランテで頼んだカルボナーラ。超感動した。
美味しさよりも、自分が作るものに感じが似ていたから。
そこからである。
前世がイタリア人になったのは(笑)
イメージの大切さを実感したのは。
行間を読むことの意味を痛感したのは。
あの記事の中には、本物が表現されていた。
何度も何度も読み返し、想像し、イメージを膨らませた、その体験が行間を読むというニュアンスの世界に繋がったのだった。
人の想いは、最大限の興味を持って聴けば伝わるものである。