早起き4301日目
おはようさまです。
昔の人は、人や街は変わっても、天は変わらないと思った。
毎日必ず朝日が昇るし、毎年春が巡ってくるし、何十年に1回、何百年に1回と似たような災害に見舞われることさえも言い伝え通りだから、天(大自然)は変わらないと思うのは普通の思考だ。
今は研究が発達して、人がこの世に現れる前の地球の様子が分かるようになり、人の生きた時間など地球の歴史から見たらほんの一瞬の出来事に過ぎない事が分かってきた。
分からないことが多いのは良いことだと思う。
全てを知ってしまうと、人は駄目になりやすい。
耳年増の人を思い浮かべてみよう。
知ってると、やらないのである。
知っていると、出来ると錯覚してしまう。
たから、現代人は。。。
昔の人が持っていた、畏れという感覚を失ってしまったのだ。
だから、無理をする。無茶をする。
自然を無茶苦茶にする。
挙句の果てに、このままでは温暖化が進むとかぬかして、色々下らない策を弄そうと画策している。
甘い。甘い。甘い。
そんな小手先で、この地球が制御出来る訳がない。
思い上がった考えだ。
環境の事を考えてます。
とか言って、脱炭素?
新しいルールでやっていこう!
神様にでもなったつもりなのか?
人が冒した過ちは、人が命懸けで償わなければならないだけの話である。
生き延びようと考えているのだ。
罪を償わずに。。。
横着な考えだ。
得たら対価を払うのがこの宇宙の理。
対価を払わないから、こうなっただけのこと。
もっともっと、対価とは何かを考える学問が必要である。
そこに、人が生き延びる為の在り方があるのだろうと私は思う。
故に、そんなことを時々考えるのだ。
清く正しくあればいいのか。
それは、ご都合主義の最たるものだ。
美しくあればいいのだ。
大自然の姿を、在り方を真似すればいいのだ。
親を真似るのは、子の最も自然な美しい姿だ。
親である大自然を真似よ。
宇宙ステーションから見た地球は、何を教えて下さるのだろうか。
月から見た地球は、何を教えて下さるのだろうか。
資源を求めて、地球の外に出ようとする人類は、何を得て、何を失うのか。
失う対価とは一体何だろう。
考えなきゃ、答えは出てこない。