早起き3545日目
おはようさまです。
生と死は隣り合わせ。
戦場で使われる。
隣に居る奴が1秒後に死ぬ。
生き残った兵士は、死ぬのは自分だったかも知れないと思い知るだろう。
生と死は背中合わせ。
さっきまで元気だった人が、心臓発作で突然亡くなる。
その場に居合わせた人は、人はいつ死ぬか分からない、オセロみたいにクルリとひっくり返るものだと思うだろう。
身内が天寿を全うした人は、人はいつか必ず死ぬものだと思い知るだろう。
生と死はセットになっている。
生だけとか、死だけとかいう状態は存在しない。
生は死であると同時に、死は生なのだ。
生と死とは対義語のようなイメージを醸し出しているが、実際の意味は同義語なのである。
別々に考えてしまったから、人類はおかしくなった。
災害が起きて多くの人命が失われると、慰霊祭が行われる。
死ぬことは、誰にでも当たり前に訪れる、単に状態の変化でしかないのに、特別扱いをする。
災害で1人だけ失くなった場合、慰霊祭は行わないのではないだろうか。
沢山死んだら、それは特別なことに昇格するのか?
そんなことは無い。
命の尊さは数では無い。
生きているから死んだだけのこと。
滅多に起こらない、特別なイベントのような扱いに違和感を覚えます。
特別なイベントだから、そこに意味を見出だしたい気持ちは分からなくはないが、
そこには、自分は天寿を全うすることを信じて疑わない、生と死の本質を理解しようとしない、いい加減さを感じてしまう。
未来は足早にやって来て、
今は一瞬で過去になる。
生とは今生きているということ。
死とは今死んでいるということ。
生とは天命使命に気づくことであり、
死とは天命使命を全うすることである。
こう捉えることも有りだろう。
生は死を迎える為の準備の時間である。
死を迎えるその瞬間まで、精一杯生きるだけだ。