早起き2077日目
おはようさまです。
生きるとは、生命を維持すること?
水槽の中の金魚にエサをやらないと死んでしまうのは、エサを食べないと生命を維持できないから。
金魚はエサを食べて消化して、生命活動のエネルギーを得ている。
身体を動かすのもエサから得たエネルギーが元になっている。
つまり、エサを食べないと次のエサにありつけないのである。
だから、生きるとは食べることなのである。
胃腸が悪い時は、食べても消化が上手く行われないから、エネルギーを得られなくなる訳である。
そんな時は点滴を打つ。
消化しなくてもエネルギーになるような、エネルギーの元となる成分を血管に注入するのである。
食べなくても、生きていけるのである。
そうなると、生きるとは食べることとは言い切れなくなる。
ただ、点滴は大体において、病院のベッドの上で打つものであるから、動かないのである。
動き回ることと、安静にしているのとでは、同じ生きているにしても意味合いが違うのである。
その差の部分に、生きることの意味があるのだろう。
植物と動物の違い?
寝ているのと起きているの違い?
点滴はエサを分解したりして作られた成分の液体。
エサは食料となる動植物を加工して作られている。
自然界では、目の前に生きている動植物が食料である。
元になるのは、自然界のものが多いだろう。(今は不自然な物も多いと聞くが)
つまり、生きているものを食べて、自分が生きるのである。
命の連鎖・・・
それが自然界の基本的な姿。
加工したものは、いつでもどこでも食べられるから便利だけれど、何かが抜けている。
何かよく分からないので上手く説明は出来ないが、生命エネルギーみたいなものが欠けているように感じる。
生き生きと生きているエネルギーを頂くのと、そのエネルギーが失われた残りカスみたいなものを頂くのでは、違いがあっても
おかしくはないだろう。
自然のままの生の食材と、加工され添加物で調整されたものとが、同じものとは呼べないだろう。
ただ、大きく食料として分類すれば、同じ食べられる物と言う風に別けられはするが。
生きているとは、そこに生命活動があり、生命エネルギーがある。と仮定する。
その生命エネルギーを摂取することが、生命を維持することになるのだろう。
加工食品は著しく生命エネルギーが少ないから、三食食べないと活動するエネルギーが不足するのだろう。
生命エネルギーに溢れた食料であれば、1食で充分なのかも知れない。
現在は、自然界から主要成分だけ抽出して、微量成分を無視してしまい、足らないから微量成分は別に抽出して作られたサプリメントで補うのが先進のスタイルのようだ。
何にせよ、そこら辺はまだ解明されていないということです。
だから、解っている範囲だけで判断しているという、自覚が大事なのです。
片手落ち状態に生きていると知っていることが大切なのです。
生きるとは、生命を維持すること?
水槽の中の金魚にエサをやらないと死んでしまうのは、エサを食べないと生命を維持できないから。
金魚はエサを食べて消化して、生命活動のエネルギーを得ている。
身体を動かすのもエサから得たエネルギーが元になっている。
つまり、エサを食べないと次のエサにありつけないのである。
だから、生きるとは食べることなのである。
胃腸が悪い時は、食べても消化が上手く行われないから、エネルギーを得られなくなる訳である。
そんな時は点滴を打つ。
消化しなくてもエネルギーになるような、エネルギーの元となる成分を血管に注入するのである。
食べなくても、生きていけるのである。
そうなると、生きるとは食べることとは言い切れなくなる。
ただ、点滴は大体において、病院のベッドの上で打つものであるから、動かないのである。
動き回ることと、安静にしているのとでは、同じ生きているにしても意味合いが違うのである。
その差の部分に、生きることの意味があるのだろう。
植物と動物の違い?
寝ているのと起きているの違い?
点滴はエサを分解したりして作られた成分の液体。
エサは食料となる動植物を加工して作られている。
自然界では、目の前に生きている動植物が食料である。
元になるのは、自然界のものが多いだろう。(今は不自然な物も多いと聞くが)
つまり、生きているものを食べて、自分が生きるのである。
命の連鎖・・・
それが自然界の基本的な姿。
加工したものは、いつでもどこでも食べられるから便利だけれど、何かが抜けている。
何かよく分からないので上手く説明は出来ないが、生命エネルギーみたいなものが欠けているように感じる。
生き生きと生きているエネルギーを頂くのと、そのエネルギーが失われた残りカスみたいなものを頂くのでは、違いがあっても
おかしくはないだろう。
自然のままの生の食材と、加工され添加物で調整されたものとが、同じものとは呼べないだろう。
ただ、大きく食料として分類すれば、同じ食べられる物と言う風に別けられはするが。
生きているとは、そこに生命活動があり、生命エネルギーがある。と仮定する。
その生命エネルギーを摂取することが、生命を維持することになるのだろう。
加工食品は著しく生命エネルギーが少ないから、三食食べないと活動するエネルギーが不足するのだろう。
生命エネルギーに溢れた食料であれば、1食で充分なのかも知れない。
現在は、自然界から主要成分だけ抽出して、微量成分を無視してしまい、足らないから微量成分は別に抽出して作られたサプリメントで補うのが先進のスタイルのようだ。
何にせよ、そこら辺はまだ解明されていないということです。
だから、解っている範囲だけで判断しているという、自覚が大事なのです。
片手落ち状態に生きていると知っていることが大切なのです。