早起き1741日目
おはようさまです。
この世界では弱い者は滅んでいく。
絶滅危惧種は正にそれに当たる。
自然の摂理なのだから、人間が保護するとはおこがましさの極みである。
上から目線である。
人はこの世界の主にでもなったつもりなのか。
この地上では、動物も植物も細菌類も共に生きている。
絶妙の生命の循環の中で生きている。
命のやり取りが即ち生きるということである。
ソコに無駄は無い。
全ての生命が、別の命を喰らって生き長らえている。
時には共食いもあるが、それは止むにやまれずの非常事態の時であり、普段は別の生き物を食べて命を繋いでいる。
外来種によって在来種が絶滅するのは、自然界の当たり前の姿である。
外敵がいないと弱くなる。
守りを忘れるらである。
それが人の手であろうが無かろうが関係はない。
人の生活や行動がその種を絶滅させた原因であるとして心を痛める心情は分かるが、文明社会の中で自由な生活を享受している時点で、人は皆同罪である。
他人への批判は、いつも自己否定を含んでいる。
つまり、他人を責めると自分の潜在意識を傷つけることになる。
だから、批判的な人の表情は冷たいのである。
潜在意識が弱っているから。
弱っているから、攻撃は最大の防御とばかりに、更に他人へ攻撃的になる。
悲しい堂々巡りだ。
人は鏡である。という考え方がある。
自分の姿が、目の前にいる人に映っているという。
こちらから笑みかければ、向こうも笑みかける。
こちらが怪訝な顔をしていれば、向こうも怪訝な顔になる。
正に鏡。
だから、こちらが怪訝な顔をしているのに笑顔で近付いてくる人を怪しいと感じるのは当然なのである。
人は鏡の法則に反しているから、今私が欲しいのは笑顔じゃないよって、相手の笑顔に違和感を覚えるのである(笑)
ただ、笑顔にはその違和感を抑える効果もあるから、怪しい人は皆笑顔で接してくる。
そして、他人を信じたいという気持ちにつけ込んでくる。
知らぬが仏では済まされない、多くの人が騙されている。
欲に目が眩んだとしても、他人を信じようとしたその気持ちは尊いと思う。
この世界では弱い者は滅んでいく。
絶滅危惧種は正にそれに当たる。
自然の摂理なのだから、人間が保護するとはおこがましさの極みである。
上から目線である。
人はこの世界の主にでもなったつもりなのか。
この地上では、動物も植物も細菌類も共に生きている。
絶妙の生命の循環の中で生きている。
命のやり取りが即ち生きるということである。
ソコに無駄は無い。
全ての生命が、別の命を喰らって生き長らえている。
時には共食いもあるが、それは止むにやまれずの非常事態の時であり、普段は別の生き物を食べて命を繋いでいる。
外来種によって在来種が絶滅するのは、自然界の当たり前の姿である。
外敵がいないと弱くなる。
守りを忘れるらである。
それが人の手であろうが無かろうが関係はない。
人の生活や行動がその種を絶滅させた原因であるとして心を痛める心情は分かるが、文明社会の中で自由な生活を享受している時点で、人は皆同罪である。
他人への批判は、いつも自己否定を含んでいる。
つまり、他人を責めると自分の潜在意識を傷つけることになる。
だから、批判的な人の表情は冷たいのである。
潜在意識が弱っているから。
弱っているから、攻撃は最大の防御とばかりに、更に他人へ攻撃的になる。
悲しい堂々巡りだ。
人は鏡である。という考え方がある。
自分の姿が、目の前にいる人に映っているという。
こちらから笑みかければ、向こうも笑みかける。
こちらが怪訝な顔をしていれば、向こうも怪訝な顔になる。
正に鏡。
だから、こちらが怪訝な顔をしているのに笑顔で近付いてくる人を怪しいと感じるのは当然なのである。
人は鏡の法則に反しているから、今私が欲しいのは笑顔じゃないよって、相手の笑顔に違和感を覚えるのである(笑)
ただ、笑顔にはその違和感を抑える効果もあるから、怪しい人は皆笑顔で接してくる。
そして、他人を信じたいという気持ちにつけ込んでくる。
知らぬが仏では済まされない、多くの人が騙されている。
欲に目が眩んだとしても、他人を信じようとしたその気持ちは尊いと思う。