早起き1357日目 | 人生色々・・・あなた色に塗りましょう

早起き1357日目

おはようさまです。


身体が硬いです。


柔らかくなりたい。


そう最近思うようになりました。


だって不便なんです。


足元に物を落としたら取るの大変なんです。


この苦しみは身体の柔軟な人には絶対に分からないのです。


人は自らが体験しないと、その本当の苦しみは分かりません。


逞しい想像力と素直な共感力によって擬似的に理解しますが、苦しみの強さまでは疑似体験出来ません。


それが人類の限界です。


九死に一生を得た方の話を聴いて、命の尊さを心に刻みますが、本当に命拾いした、その痛烈な感覚までには至りません。


それが人類の限界です。


人は話を聴いて、自分の中で疑似体験をして、最終的に今後どうするか決めるのです。


あくまでも疑似体験です。


究極の素直さがあれば、疑似体験以上の共感を得られますが、それは意味がありません。


命拾いした体験、その苦しみは、その人に与えられた苦難なのです。


その人だったから、乗り越えられた。


その人だったから、今こうして体験談を話しているのです。


素直さが行き過ぎて共感し過ぎた場合、自分の心がその苦しみに耐えられない可能性があります。


本能的に、無意識に共感力をセーブしているのです。


そうしないと、他人の苦難の体験談で自分を壊されてしまうから。


だから、完全にはその痛みを味わえないのです。


それが人類の限界です。


共感力があるから、他人の苦しみに対して、こうしたらこの人は楽になるだろうと想像力が働いて、手助けが出来ます。


しかし、どんなに共感力を働かしても、その本当の思いは分かり得ません。


それで、誰も自分のことを分かってくれないという場面が出てきます。


それを救えるのは、つまり人ではないということです。


人が救えないものを救う存在。


それは人を超えた存在。


色々呼び方はありますが、カミサマ。


カミサマは、人類の限界が生み出した仮想存在なのかも知れません。


この世界を考えた時、何故私は存在しているのか、もっと広く考えると、この宇宙って何なのってなりますよね。


僕たちは生まれて死ぬ有限な存在ですが、宇宙は物理学者が言うように本当に生まれてきたものなのか、だとしたら、宇宙もいつかは死ぬのか、そもそも宇宙が存在する意味は何なのか。


考え出したらキリがありません。


カミ ノミゾ シル。


と一旦しておきませう。