早起き1217日目
おはようさまです。
掛けた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め。
これは正しいことだと思います。
しかし、もっと素敵な生き方があると思います。
受けた恩も水に流してしまうのです。
どうです。情けや恩という考え方から離れると、何とも言えない自由になるなと思いませんか。
確かに受けたご恩は忘れてはいけません。
だけど皆さんは、そんなに記憶力いい方でしょうか。どちらかと言うと、自分は記憶力無いとか、最近物忘れが酷くなったとか、普段から言っていませんか?
そんな人が、受けたご恩を覚えておこうとしたら脳ミソは一発でパンクしてしまいますよ(笑)
沢山の人のご縁で生きている自分。
自分の歴史は、受けたご恩の歴史そのものです。
社会科で、歴史の年表も覚えられない人が、どうして自分のこれまでの人生を事細かく覚えていれますか。
無理でしょ、無理(笑)
無理なことに固執することは、自分を不自由にするのです。
受けたご恩を忘れないとは、恩返しを忘れるなという裏の意識に繋がります。
だから、恩返しは当たり前のことであり、無意識に恩返しを求めていることになります。
つまり、してあげたという気持ちが無意識の内に生まれています。
それが上手いこと言い換えられて、ご恩は一生忘れませんとなります。義理堅いことは美徳ですが、一方では、他人からの見返りも求めているのです。
でも、それでは幸せにはなれません。
上から目線の自分では、絶対に幸せにはなれません。
考えてみて下さい。簡単なことです。
見返りが返ってこないだけで不幸になるからです。
だから、受けたご恩も忘れた方が幸せなのです。
恩返しなんてしなくていいのです。
損得で動くなということです。
情けは人の為ならずです。
情けこそが自分の人生の醍醐味です。
見返りを期待せずに人の喜ぶことをする。
与えるだけの人生を送れれば最高に幸せです。
決して自己満足を言っているのではありません。
皆が与えるだけの人生を送れば、結果的には貰うばかりの人生になります。
見返りではなく、与えてあげた人からではなく、別の人から貰うばかりの人生になるのです。
自己中な生き方です。
自分を中心にこの世界は回っており、中心である自分は、この世界を幸せにする責任がある。
だから、人に与える。与えるだけ。
かけた情けも、受けた恩もきれいさっぱり捨ててしまう。
そんなの関係ない、与える人生を目指します。
人の喜びはやがて我が喜びと混じりあって、この世界は幸せになります。
掛けた情けは水に流せ、受けた恩は石に刻め。
これは正しいことだと思います。
しかし、もっと素敵な生き方があると思います。
受けた恩も水に流してしまうのです。
どうです。情けや恩という考え方から離れると、何とも言えない自由になるなと思いませんか。
確かに受けたご恩は忘れてはいけません。
だけど皆さんは、そんなに記憶力いい方でしょうか。どちらかと言うと、自分は記憶力無いとか、最近物忘れが酷くなったとか、普段から言っていませんか?
そんな人が、受けたご恩を覚えておこうとしたら脳ミソは一発でパンクしてしまいますよ(笑)
沢山の人のご縁で生きている自分。
自分の歴史は、受けたご恩の歴史そのものです。
社会科で、歴史の年表も覚えられない人が、どうして自分のこれまでの人生を事細かく覚えていれますか。
無理でしょ、無理(笑)
無理なことに固執することは、自分を不自由にするのです。
受けたご恩を忘れないとは、恩返しを忘れるなという裏の意識に繋がります。
だから、恩返しは当たり前のことであり、無意識に恩返しを求めていることになります。
つまり、してあげたという気持ちが無意識の内に生まれています。
それが上手いこと言い換えられて、ご恩は一生忘れませんとなります。義理堅いことは美徳ですが、一方では、他人からの見返りも求めているのです。
でも、それでは幸せにはなれません。
上から目線の自分では、絶対に幸せにはなれません。
考えてみて下さい。簡単なことです。
見返りが返ってこないだけで不幸になるからです。
だから、受けたご恩も忘れた方が幸せなのです。
恩返しなんてしなくていいのです。
損得で動くなということです。
情けは人の為ならずです。
情けこそが自分の人生の醍醐味です。
見返りを期待せずに人の喜ぶことをする。
与えるだけの人生を送れれば最高に幸せです。
決して自己満足を言っているのではありません。
皆が与えるだけの人生を送れば、結果的には貰うばかりの人生になります。
見返りではなく、与えてあげた人からではなく、別の人から貰うばかりの人生になるのです。
自己中な生き方です。
自分を中心にこの世界は回っており、中心である自分は、この世界を幸せにする責任がある。
だから、人に与える。与えるだけ。
かけた情けも、受けた恩もきれいさっぱり捨ててしまう。
そんなの関係ない、与える人生を目指します。
人の喜びはやがて我が喜びと混じりあって、この世界は幸せになります。