早起き1156日目 | 人生色々・・・あなた色に塗りましょう

早起き1156日目

おはようさまです。


自分の存在意義とは何だろう。


何のためにこの命を頂いたのだろう。


あっ、近頃では老若男女老いも若きも自分の命を頂いたものであることを知らないという人も大勢いらっしゃいますが、今日は命は頂きものとしてはなしを進めマス^^


この世界に存在するものに存在意義の無いものはありません。


存在意義と存在することはどちらが欠けても成立しないのです。


今ここに生きているならば、存在意義が必ずあるのです。命があることが存在意義とも言えましょう。


災害や交通事故、戦争やテロ、通り魔などの無差別殺人。


生き延びる人とそうでない人がいるのは、つまりそういうことなのです。


この世は無情であり無常なのです。


どんなに幸せに暮らしていても、それはずっとは続かないのです。


幸福感に永遠に浸っていたいというのが人間ですが、永遠は無いのです。


だから結婚式で永遠の愛を誓うのはおかしいのです。矛盾したものは必ず崩れます(笑)


この命ある限り愛し抜くという方が良いと思います。



何のためにこの命を与えられたのか?


存在意義を別の言葉に置き換えると、使命となります。


命の使い途。


ビジネスで大成功を収める人にはこの使命感があります。


絶対にコレ売れる!


というのは人が喜んで買って下さると確信する訳ですから、世のため人のためにという使命(価値)がそこに存在するのです。


つまり、生きるということは、何のためにこの命を使うかが問われるということなのです。


突然の別れが訪れた方がよくおっしゃるのは、命が限りあるものとして意識されるようになったということ。


存在意義に長短はありません。


残された人が悲しむ行為も存在意義なのです。


その方が存在していたからこそ、亡くなられて悲しむのです。


ニュースで災害で亡くなられた方のことを思って涙することは、その方が存在したことに繋がります。


存在意義を見つけられる人と見つけられずにこの世を去る人。


その違いは問うことだと思います。


自問自答すること。


答えはもしかしたら見つからないかも知れませんが、問うこと自体が大切だと思います。


親から頂いたこの命。大切に使いたいものです。


年老いて寝たきりになって他人の世話になるのではなく、元気に命を全うするために、今日も腹筋を鍛えましょう!