早起き1149日目 | 人生色々・・・あなた色に塗りましょう

早起き1149日目

おはようさまです。


人は変わらない。

その根本のところは絶対に変わる筈がない。


あなたは子供の頃からどれ程成長した?

思い出そう。小さい頃を。

小学生の頃は自分より年齢が上の人は、自分の知らないことを知っているし、出来ないことを簡単にやってのけるし、とても凄い存在だった。

あんな風に色々出来るようになりたいと思った。

苦い泡が立つ黄色いドリンクも、大人になれば美味しく飲めるようになれるのかなぁと、素直に憧れた(笑)


中学生になっても、大人は凄いカッコいい存在だった。

高校生になる頃には、大人になってバリバリ働いて活躍する自分の姿を思い浮かべ、あんな風に成れるのかと不安も覚えたものだ。

大学生の年齢の頃は、社会の一員として認められはしたが、バリバリ働いている大人の存在は今の自分は足元にも及ばない凄い存在であり目標であり憧れであった。


社会人になっても、先輩社員はもとより、上司や役員などは自分が及びもしない雲の上のような存在で恐れ多かった。


とにかく、大なり小なり人によって程度の差はあれど、自分より歳が上の人や経験を積んだ人は自分にはない凄いものを持ってるんだと思ってきた筈だ。


で、実際どうだっただろうか。

その年齢になり、憧れた通りの凄い完璧な大人に成れただろうか。

思っていた程には凄く出来る人にはなっていない筈だ。


人の想像力は時として素晴らしい勘違いを引き起こす。

大人になっても、根本の自分は殆んど変わらないのである。


あんなに凄いなと憧れたはずなのに、
実際にその年齢になってみると大したことないのである。

変わらないまま、大人になっている。


そして、最近の若い者はと逆に若者を羨ましく見るのである。

これも想像力の為せるわざである(笑)



人は変わらない。

絶対に変われない。

子供の頃から何も変わらずに、身体だけが成長するものだから。

ただ、演技力が向上するだけ。

立場が人を育てるとは、言い当てて妙である。


根本が変わらないのには理由がある。

自我という存在である。

子供の頃、突然に自分自身を意識するようになる。

他人と自分という絶対的な世界観が生まれる。

自分が存在出来るのは、自分とは違う他人がいるから。

自我が変わるようでは、自分の存在はあやふやなものになってしまう。

変わらないことこそが自分なのである。


成長したいという本能が、大人の姿を目標にするのである。

変われないが故である。

出来ないことに憧れるのである。


あなたはどんな大人になりたかったのですか?


思った通りの大人になれましたか?