早起き1127日目
素足にて 大地を歩く 一足に
感じる痛み 星との魚鱗
おはようさまです。
今、富士山の仰ぎ見れる環境で学んでいます。
その中で裸足で歩く機会がありました。
古道を歩むとき、足の裏に小石の角が突き刺ささりました。
そして、痛みを踏みしめ歩く中で気づきました。
地球も自分も同じ自然のもの。
その距離を痛みとなって知らせて下さっているのだと。
そのことに気づきあまりにも自然から離れてしまったと、一足ごとに申し訳ない思いを抱きながら歩いていると、やがて痛くない瞬間に気づきました。
大地に触れた、その瞬間は痛くないのです。
生き物は大地と繋がっていなければなりません。
その最適な距離感が付かず離れずではないでしょうか。
そして、大地と気持ちが溶け合った時、小石の角は優しく足の裏を支えて下さいました。
呼吸が大地と合った瞬間です。
何の迷いも無くすっと足が出た時は痛くないのです。
それが、歩む先に小石を見つけ踏むと痛いだろうと思って僅かに避けると余計に痛い。
素直に歩を進め、大地の凸凹を素直に受け入れると痛くない。
まさに、我が心の有り様が痛みとして現れました。
先入観があると人は二の足を踏みます。自分だけは痛い思いをしたくないから。
痛みの経験が身体をすくませる。
幼子の純粋な心。
何の迷いもなく受け入れる素直さ。
信じきることの力強さ。
元は同じ自然なのに、そこから離れるから痛いのだと。
離れただけ痛いのだと。
この痛みはワガママな心を現しているのだと思います。
オープンマインド。
怖がることはありません。
自分は自然の一部です。
何も違わないのに、
境界線を張ってしまうとは、
なんとも窮屈だな。
自然がそばに居てくれるように、
私も自然に寄り添おう。
自然な状態とは、
柔らかに寄りそうこと。
溶け合わさること。
今日も一日よろしくお願いいたします(笑)
感じる痛み 星との魚鱗
おはようさまです。
今、富士山の仰ぎ見れる環境で学んでいます。
その中で裸足で歩く機会がありました。
古道を歩むとき、足の裏に小石の角が突き刺ささりました。
そして、痛みを踏みしめ歩く中で気づきました。
地球も自分も同じ自然のもの。
その距離を痛みとなって知らせて下さっているのだと。
そのことに気づきあまりにも自然から離れてしまったと、一足ごとに申し訳ない思いを抱きながら歩いていると、やがて痛くない瞬間に気づきました。
大地に触れた、その瞬間は痛くないのです。
生き物は大地と繋がっていなければなりません。
その最適な距離感が付かず離れずではないでしょうか。
そして、大地と気持ちが溶け合った時、小石の角は優しく足の裏を支えて下さいました。
呼吸が大地と合った瞬間です。
何の迷いも無くすっと足が出た時は痛くないのです。
それが、歩む先に小石を見つけ踏むと痛いだろうと思って僅かに避けると余計に痛い。
素直に歩を進め、大地の凸凹を素直に受け入れると痛くない。
まさに、我が心の有り様が痛みとして現れました。
先入観があると人は二の足を踏みます。自分だけは痛い思いをしたくないから。
痛みの経験が身体をすくませる。
幼子の純粋な心。
何の迷いもなく受け入れる素直さ。
信じきることの力強さ。
元は同じ自然なのに、そこから離れるから痛いのだと。
離れただけ痛いのだと。
この痛みはワガママな心を現しているのだと思います。
オープンマインド。
怖がることはありません。
自分は自然の一部です。
何も違わないのに、
境界線を張ってしまうとは、
なんとも窮屈だな。
自然がそばに居てくれるように、
私も自然に寄り添おう。
自然な状態とは、
柔らかに寄りそうこと。
溶け合わさること。
今日も一日よろしくお願いいたします(笑)