早起き1191日目
一目見て 恋のアンテナ ビビッとす
物の魂 宿り伝わる
おはようさまです。
お気に入りの道具はその他の道具と何が違うのだろう。
手に馴染む感覚が違う。
中にはやっと再会出来たように感じることもある。
物には魂が宿る。
そういう手に馴染む物は、もしかしたら魂同士の再会なのかも知れない。
原子が集まって物質が出来ている訳で、物として存在するとき魂が宿る。
魂は不滅であり生まれ変わるもの。
きっと原始の頃から転生を繰り返している筈だ。その記憶の一つがDNAなのだろう。
すると魂はこの世界にあるのだろうか。
だとしたら、どんな形をしているのか?
いや、物に宿る位だから形が存在する訳ではないのかも知れない。
だとしたら空気みたいなモノなのか。
!?、何と言うことだ。空気にも魂が宿っている可能性が出てきたぞ。
という訳で、矛盾を避けるがために魂は別の世界に存在することとなった。
話の辻褄が合えば違和感を感じる人間は少なくなる。
作り話も真実となる。
人類が誕生してから数千年。
未だにオレオレ詐欺だとか、もっともらしさに騙される。
輪廻転生があるのならば、いい加減騙されないように成長しても良さそうだが(笑)
もしかしたら、魂にはレベルがあって、騙されたら次のレベルに上がって下には戻らないとしたら辻褄は合う。
未経験の魂がコロッと騙されるのだ。
全宇宙の全ての魂が経験を積み、等しく経験値が上がれば世界は次のレベルに変わるのかも知れない。
だとしたら、騙されることは大切な経験であり、レベルアップするのだから喜ばなければならない。
不幸は魂の成長の糧であり、喜んでこれを受けるべきだ。何を悲しむ必要があろうか。
人の一生は様々である。過酷な運命も、幸せの絶頂も、全て経験しなければならなくて、何度も転生を繰り返す訳だ。
そして、ある程度の経験値が貯まったら、次の世界に行ってしまう。
人の頭で、私の脳ミソで考えられる世界観はココまでである。これ以上は想像出来ない。
そこなは矛盾がたくさんある。
人類は、矛盾には目を瞑り、辻褄が合う部分だけを信じている。
全くのご都合主義である。
つまりこの世には、真実は少ないということである。
常識とは都合のよい解釈のことであり、非常識には真実が含まれる可能性が十分あるのだ。
人は自分の物指しで物事を判断する。
物指しが間違っていることは、大抵の場合考慮されないし、意識もされない。厚顔無恥である。
謙虚さが尊ばれるのは、この自分という物指しの誤りを自覚しているからである。
正しければ正義の名の元に志を貫けば良いではないか。
だけど、色んな意見があり解釈があり見方がある。
どれが真実かを自分が決めて良いのだろうか。この不完全な自分が決めて良いのだろうか。
きっと経験値の高い魂が謙虚さを持つのだろう。
修行を積んだ高僧の佇まい、言霊には、惹かれる憧れる。
人生の道標である。
物を大切にすることは、魂を大切にすること。
お互いを認め合うこと。信じること。
質を活かすこと。
物の魂 宿り伝わる
おはようさまです。
お気に入りの道具はその他の道具と何が違うのだろう。
手に馴染む感覚が違う。
中にはやっと再会出来たように感じることもある。
物には魂が宿る。
そういう手に馴染む物は、もしかしたら魂同士の再会なのかも知れない。
原子が集まって物質が出来ている訳で、物として存在するとき魂が宿る。
魂は不滅であり生まれ変わるもの。
きっと原始の頃から転生を繰り返している筈だ。その記憶の一つがDNAなのだろう。
すると魂はこの世界にあるのだろうか。
だとしたら、どんな形をしているのか?
いや、物に宿る位だから形が存在する訳ではないのかも知れない。
だとしたら空気みたいなモノなのか。
!?、何と言うことだ。空気にも魂が宿っている可能性が出てきたぞ。
という訳で、矛盾を避けるがために魂は別の世界に存在することとなった。
話の辻褄が合えば違和感を感じる人間は少なくなる。
作り話も真実となる。
人類が誕生してから数千年。
未だにオレオレ詐欺だとか、もっともらしさに騙される。
輪廻転生があるのならば、いい加減騙されないように成長しても良さそうだが(笑)
もしかしたら、魂にはレベルがあって、騙されたら次のレベルに上がって下には戻らないとしたら辻褄は合う。
未経験の魂がコロッと騙されるのだ。
全宇宙の全ての魂が経験を積み、等しく経験値が上がれば世界は次のレベルに変わるのかも知れない。
だとしたら、騙されることは大切な経験であり、レベルアップするのだから喜ばなければならない。
不幸は魂の成長の糧であり、喜んでこれを受けるべきだ。何を悲しむ必要があろうか。
人の一生は様々である。過酷な運命も、幸せの絶頂も、全て経験しなければならなくて、何度も転生を繰り返す訳だ。
そして、ある程度の経験値が貯まったら、次の世界に行ってしまう。
人の頭で、私の脳ミソで考えられる世界観はココまでである。これ以上は想像出来ない。
そこなは矛盾がたくさんある。
人類は、矛盾には目を瞑り、辻褄が合う部分だけを信じている。
全くのご都合主義である。
つまりこの世には、真実は少ないということである。
常識とは都合のよい解釈のことであり、非常識には真実が含まれる可能性が十分あるのだ。
人は自分の物指しで物事を判断する。
物指しが間違っていることは、大抵の場合考慮されないし、意識もされない。厚顔無恥である。
謙虚さが尊ばれるのは、この自分という物指しの誤りを自覚しているからである。
正しければ正義の名の元に志を貫けば良いではないか。
だけど、色んな意見があり解釈があり見方がある。
どれが真実かを自分が決めて良いのだろうか。この不完全な自分が決めて良いのだろうか。
きっと経験値の高い魂が謙虚さを持つのだろう。
修行を積んだ高僧の佇まい、言霊には、惹かれる憧れる。
人生の道標である。
物を大切にすることは、魂を大切にすること。
お互いを認め合うこと。信じること。
質を活かすこと。