早起き500日目
おはようさまです
500日経ちました。
1000日目指して丁度道半ば。
どんなに眠くても4時前には意識が覚醒準備に入るようになりました。
夢心地。
現実界と意識界の境界線上です。
もしかしたら、夢の世界なのかも知れません。
以前、夢はコントロール出来ると「夢」の本で読みました。
普通は夢は勝手にストーリーが流れており、次に何が起こるかは分かりませんよね。無意識によるストーリーだから。
でも、これは夢の世界だと気付いた時は、思うがまま好きなようにストーリーを進めることが出来るそうです。やってみたくありませんか?
夢の中の出来事と現実世界はリンクしているそうで、正夢や夢枕等で表現されますが全て自分の中にある夢を現実にする力が発揮された訳です。
夢の中でこれは夢の中だと認識したら自分でストーリーを動かしてみようと思います。
自分の思うがままに色んな事が出来ます。
それが現実世界での目標の達成に繋がっていく。
無意識の自分にサクセスストーリーを刷り込むということです。
無意識が目標に向かったら100人力です。
100人の先祖の知恵が味方になります。
その時不可能は無くなる。人は無限の可能性の塊だ!
何のために遺伝子の仕組みがあるのか。
過去の経験を活かすためのメモリーです。
進化とは成長することと同じ意味です。
アイデアというのは、先祖が一生掛けて体験し会得した人生観。
物事には共感するときと心に響かないときとありますが、それはきっと自分の中にある遺伝子が共鳴するからだと思う。
遺伝子が相づちをうっている^^
くれぐれも欲望と共鳴を勘違いしないように気をつけよう。
腑に落ちるとは遺伝子レベルで共鳴すること。
欲望は生きるエネルギーの源、原動力だから無くしてはいけないし、切り離したら死んでしまう。
ただし、欲に溺れる、欲に目が眩むとか欲望に気を付けよという諺から言えることは、欲には2つのタイプがあるようだ。
自分さえ良ければいいという欲望は自分の感性を鈍らせて、真実を感じる力を狂わされて、正しい判断が出来なくなるのだと思う。
それで人生を棒にふったという話は腐るほど巷に溢れている。
人はそうなりやすい資質を持っているようで、それは乗り越えなければならないハードルなのだろうし、自分勝手さを手放すことを会得することが人に生まれた意味なのかも知れない。
だから人生に失敗したとしても再チャレンジで乗り越えていけばそれでいいと思う。
失敗は人生の終わりでは無い。
終わりだと考えてしまう思考の狭さがその人を終わらせてしまう。
失敗というその1点しか見れないからそうなってしまう訳で、ちょっと視線を外せば失敗なんて実は大したことない訳で、絶対に負けないで欲しい。
自我。
我は自然の如し。
この世界は自分勝手に生きてはいけない世界。自分勝手には生きられない世界。
自然と同じように生きよう。悠然と生きよう。なんとなくそんな感じがした今朝でした(^^;
夢を思うがままに楽しみたいと思います。
それがきっと世界を救う。
500日経ちました。
1000日目指して丁度道半ば。
どんなに眠くても4時前には意識が覚醒準備に入るようになりました。
夢心地。
現実界と意識界の境界線上です。
もしかしたら、夢の世界なのかも知れません。
以前、夢はコントロール出来ると「夢」の本で読みました。
普通は夢は勝手にストーリーが流れており、次に何が起こるかは分かりませんよね。無意識によるストーリーだから。
でも、これは夢の世界だと気付いた時は、思うがまま好きなようにストーリーを進めることが出来るそうです。やってみたくありませんか?
夢の中の出来事と現実世界はリンクしているそうで、正夢や夢枕等で表現されますが全て自分の中にある夢を現実にする力が発揮された訳です。
夢の中でこれは夢の中だと認識したら自分でストーリーを動かしてみようと思います。
自分の思うがままに色んな事が出来ます。
それが現実世界での目標の達成に繋がっていく。
無意識の自分にサクセスストーリーを刷り込むということです。
無意識が目標に向かったら100人力です。
100人の先祖の知恵が味方になります。
その時不可能は無くなる。人は無限の可能性の塊だ!
何のために遺伝子の仕組みがあるのか。
過去の経験を活かすためのメモリーです。
進化とは成長することと同じ意味です。
アイデアというのは、先祖が一生掛けて体験し会得した人生観。
物事には共感するときと心に響かないときとありますが、それはきっと自分の中にある遺伝子が共鳴するからだと思う。
遺伝子が相づちをうっている^^
くれぐれも欲望と共鳴を勘違いしないように気をつけよう。
腑に落ちるとは遺伝子レベルで共鳴すること。
欲望は生きるエネルギーの源、原動力だから無くしてはいけないし、切り離したら死んでしまう。
ただし、欲に溺れる、欲に目が眩むとか欲望に気を付けよという諺から言えることは、欲には2つのタイプがあるようだ。
自分さえ良ければいいという欲望は自分の感性を鈍らせて、真実を感じる力を狂わされて、正しい判断が出来なくなるのだと思う。
それで人生を棒にふったという話は腐るほど巷に溢れている。
人はそうなりやすい資質を持っているようで、それは乗り越えなければならないハードルなのだろうし、自分勝手さを手放すことを会得することが人に生まれた意味なのかも知れない。
だから人生に失敗したとしても再チャレンジで乗り越えていけばそれでいいと思う。
失敗は人生の終わりでは無い。
終わりだと考えてしまう思考の狭さがその人を終わらせてしまう。
失敗というその1点しか見れないからそうなってしまう訳で、ちょっと視線を外せば失敗なんて実は大したことない訳で、絶対に負けないで欲しい。
自我。
我は自然の如し。
この世界は自分勝手に生きてはいけない世界。自分勝手には生きられない世界。
自然と同じように生きよう。悠然と生きよう。なんとなくそんな感じがした今朝でした(^^;
夢を思うがままに楽しみたいと思います。
それがきっと世界を救う。