早起き172日目 | 人生色々・・・あなた色に塗りましょう

早起き172日目

おはようさまです。


人生において門出となるものの一つに結婚がある。

家と家とが繋がる日。親にとっては自分の代で家系を絶やす訳にはいかないという思いがあって、取り敢えずほっとする日。後は孫を待つのみだ。

それぞれの両親が子孫を残すという大役を背負って生きてきた。この日が目指してきたゴールだ。

結婚する二人にとって、ゴールインなように両親もゴールインなのだ。

だから親戚中が祝ってくれる。みんなそのゴールに向かって生きている者同士。これが目出度くない訳がないだろう。

そういう意味でご両家ご親族の皆様に心からお祝いを申上げます(笑)



二人は43★のスタッフとして共に頑張ってきた友だ。本当に嬉しいです。

二次会に出席したのですが100名位いたかな。二次披露宴でしたね。

沢山の仲間が集まってくれたのは、それだけ二人が仲間の心に残るような頑張りをしてきたから。

コレからも頑張る二人であるならば、この仲間たちは二人を全力で応援します。



結婚は他人事が自分事になること。習慣の違いに先ずは直面し愕然とすることが沢山出てくる(笑)

自分の常識は相手の非常識となり、相手の常識は自分の非常識となる。

ここで試されるのである。人にとって何が一番大切か試されるのである。

それは他人を許すこと。
家庭を築く中で許す心が養われていくのである。

許す



愛である

お互いが精一杯、許し合っていることを認め合うなかで夫婦の絆は強くなっていく。確かなものに育っていく。

ぜひ、小さいことは気にせず、中くらいのことは拳を握ってこらえて、大きいことは喧嘩して、だけど直ぐにお互いが折れること。

譲れないといってワガママを通すことは、心の成長の機会を無くしてしまう。

譲れないことを相手に合わせることは、我慢することではなく、許すことなのである。

前向きに積極的に自分から合わせることが許すことである。心には納得の感情と相手への慈しみしかない。
我慢するのとは違う。

我慢は違和感が心にどんどん溜まっていく。どんなに心が広くても容量は決まっている。いずれは溢れる、堪忍袋の緒が切れる。

見た目は同じ和解であるが心持ちの違いは大変大きいことは明白である。

夫婦は一対の反射鏡といいます。鏡に映った自分とおもうといい。鏡に映った顔が汚れているからといって鏡を拭いても綺麗にはならない。自分の顔を拭けばいい。

ここでいう顔を拭くことが許すことだ。

自分が許す=自分が変わる
自分が変われば相手が変わる。

この世界はまさに自分を中心に回っている。

世界の中心で愛を叫ぼう!
と、お二人の門出に対してエールを送ります。
オメデトウ!