5月2日、忌野清志郎が他界した。
そして今日は、密葬ののち、一般にも公開される告別式だ。
ハイになった、…もとい灰になったキヨシローを弔いに、今頃多くのファンが青山葬儀場に駆けつけていることだろう。

ホントは僕も、弔いの花の一輪も捧げに行こうかと思っていた。
でも、やめた。

正直、そんなのめんどくさい。
第一、青山葬儀場に何の思い入れもない。
そこに行ってもキヨシローには会えない。
そこにあるのは遺影だけだ。

代わりに、僕はゆうべ0時から今まで、散々酒をあおり、
RCやタイマーズやら、ラフィー・タフィー、果てはキヨシロー最後のアルバム『夢助』を聴きまくった。
そう、今までね。

もう完全にベロベロだ。
最高にハッピーなんだ、今。
キヨシローの歌に包まれながら、明日のことなど考えず飲んだ。
そして、音楽の素敵さについて思いを巡らせた。

キヨシローはいつも純だった。
好きな先生がいれば、それを歌にし、
ドラッグでハイになれば、それを歌にし、
切ない恋をすれば、それを歌にし、
社会に文句があれば、それを歌にした。
時には自虐的にもなった。
パパとしての優しさも見せた。

こんなロックシンガーは、僕の知る限り、敬愛するジョン・レノンくらいしかいない。
しかしキヨシローは、もしかすると、歌のバリエーションにおいては、あるいはジョンを超えていたかも知れない。

「こんな夜に お前に乗れないなんて」という歌詞を中学生の頃に聴いた。
それで僕は、クルマもオンナも同じ「乗り物」だと勘違いしちまった。

「ズル! ズル! 責任逃れ キミの荷物さ それはぼくのじゃない」という歌詞を真に受けて、僕は責任逃れしながら生きてきた。

「この歌の良さが いつか君にも わかってもらえるさ」という歌詞首っ引きで、オンナをいっぱい口説いた。

「歌うのはいつも つまらないラブソング」なんていいながら、おねえちゃんに、ホントにつまらないラブソングをプレゼントしたりもした。

挙げ句の果てに「OH BABY! 僕を苦しめたいなら 今すぐ君がいなくなればいい」なんてダダをこねたりした。


…そうなんだ、キヨシローってのは、僕に悪いことばっかり教えて、
そしてお別れが突然やってきて、すぐに済んでしまったんだ。


でもね、最後の最後で、キヨシローはちゃんと教えてくれたんだよ。

「今までしてきた悪いことだけで、僕が明日有名になっても、どうってことないぜ、まるで気にしない。君が僕を知ってる」なんて振る舞いながら、

BLUESっていうのは、こうやって歌うんだぜベイベー。

ってね。

だから僕は、お別れはしにいかないことにしたんだ。
ロックンロールな人生と、胸に秘めたブルースをどうやって表現するか。

僕らは、それを引き継いだんだ。

アナタとお別れはしないよ。
だって僕は、まだ、ジョン・レノンともお別れしてないんだ。

つまり、そういうわけで、僕はもうベロベロなんだよ。
誰よりもキモチE、んだ。

THANKS!! キヨシロー!!
RESPECT.




オラな、キャバクラが大好きなんだども、
最近不況でなぁ…(^^; あんまり繰り出せねえだよ。

でもな、仲良くなったねーちゃんたちも、やっぱり大変だからな、
いろいろメールしてくるわけだなこれ。

それ断るの、文字通り「断腸の思い」なわけだわ。

まぁな、ただのしらじらしい営業メールかましてくるようなねーちゃんだったら、適当にいなして、そのあとは、申し訳ねぇけんども、無視するか、わざと情けねぇメール返して「だめだこりゃ」って思わすしかねえべな。

ま、大方、食うか食われるかだかんな、こういう攻防もな。
そんなイッペこっぺ相手にしてられねえって。
そんなに器用じゃねえってばよ、オラは(笑)。
悪く思うなや。

ところでな、オトコ心さくすぐるキャバ嬢のメールってどんなもんだろうな。
まあ、野郎によっても色々あんだろうけどな、オラはだ…だい…ダイレクトっつーのか?
要するにホラ、妙な小細工しねえでよ、「来て!」言われんのが一番ぐっとくるな。

「来て!」言われてよ
「いぐ!」言えればよ、それでなんかツーカーな感じすんじゃねえか(笑)

でもな、だからいつも行けるわけじゃねえから、「ごめんな、オラ行けねえ」ってあやまるだろ?
そしたら、それも素直に残念がって欲しいのがオトコゴコロだっぺな?

ウソでもよ、

「スゴイ残念~カゼ」みてえに言われてよ、でもめげずに「でも会いたいから、またメールするね~ハートブレイク

なんて言われたらよ、

「コイツ、めんこいなやラブラブ!そのうち行ってやっぺ音譜

くれえの絵文字たっぷりな気持ちにはなるってもんだっぺ?

でもよ、ときどき、断り続けてると、業を煮やしてイヤミ的な返事返してくるねーちゃんもいるわけだなや。
そしたら終わりだ。申し訳ねえケドよ。
オラはホントのことしか言わねぇだよ。そんでホントにあやまってんだよ。
アンタの気持ちや状況も判るケドよ、よっぽど惚れてたり、応援してねえ限り、おねだりに一生懸命応えてばかりじゃ、客としても失格だ。

カネもねえのに、鼻の下のばして、誘われるまんまに遊びに行ぐってのは、
キャバ嬢をむしろダメにすんだ。
シビアな中で、感謝の気持ちで接客してくれる子としか、オラ遊びたぐねえな。

そのかわり、遊びてえ、頑張って欲しいと思う子には、オラは多少の無理もいとわねえぞフフン(笑)

恋するんなら、応援もしてやんねえとなチョキ



ちなみによ、今オラが一番気に入ってるねーちゃんはよ、
オラがメールしても、なーんも返事返してこねえだよ(爆)
なんだっけ? ほらアレだ、「ツンデレ」ってやつだわあせる


でもな、
もう結構長い付き合いなんだわ。

会って話せば、結構マジメに語り合ったり、
時々は遊んだりもするんだなこれ。

メールなんてもんはよ、結局はよ、単なる業務連絡手段ならいいのかもな。


やっぱ、一番大事なのは、ちゃんと目ぇ見て、
人間と人間として向き合えるのが最高のコミュニケーションだってことかもな。


…その相手が、たとえキャバ嬢であってもよ?
今は乗せられてんのかも知れねえけど、オラそんなねーちゃんになら、ねえカネも出せるんだわ。


オラ、おかしいかね?
今夜は映画『しゃべれども しゃべれども』(国分太一主演)を観賞。
本当は劇場で観たかった映画だったけど、やっとレンタルDVDで観ることが出来ました。

真打ちにはほど遠い二つ目咄家が、ひょんなことから、話すことが苦手な、弟子?みたいな3人を相手に、落語を通じた、まぁ言わば「コミュニケーション教室」みたいなもんをやることになり、その紆余曲折を通じてそれぞれの心を柔らかに開いていくという物語。

落語には『人情噺』というものがありますが、この映画は、落語で言えばそのカテゴリーに入るものでしょうか。
しかもちゃんと、映画的ラブストーリーの要素もありました。

総じて言えば、地味にLOVEな映画で、ボロボロ泣けるわけではないけれど、じわっとくる、佳作だったと思った次第です。

僕はここ何年かから、落語にとても興味があり、
ただ、未だ全然素人で、落語のなにを語れるわけでもないのだけれど、
昨今色々なエンターテインメントがある中で、
落語というのは、日本人ならゼッタイ抑えておかないとだめだと思うんです。

この映画の『しゃべれども しゃべれども』というタイトルには、
ものすごくシンパシーを感じます。

僕は一応文章書きなので、
この映画を自分の身の上に置き換えると、
『語れども 語れども』になったり『書けども 書けども』…つーか『書けコラ! 書けコラ!』ドクロになったりするわけですが、
そして僕は、仕事柄もあって、基本どうにも言葉が多いのですが、
この映画を観て、あらためて

「今ここにあるこの思いを、どうやって言葉に乗せるのか。」

それを痛感せずにはいられませんでした。

たとえば、大好きな子に今のやるせない気持ちを伝えるときに、
それはプロの物書きであるということとはまったく別次元でありながら、
やはりそういった持ち前の技術を行使して伝えるべきなのか、
それともそんなことは関係なく、ダサくてもなんでもいいからぶっちゃけるべきなのか、僕はいつも本当に悩みます。

おそらく、これはこの先も、そう簡単には答えが出ないテーマでしょう。

物語を書いたり、
ドキュメントを書いたり、
広告のコピーを書いたりする作業と、
ある特定の相手に、今胸に溜まっている思いを文章にして書く作業は、
まったくの別物なのです。

むしろ、文章なんかにするよりも、
直接話すべき場合もあるわけです。
そうすべきときもあるということです。

さぁ、果たしてその時、僕にどれだけの話術があるのか?
話術を駆使したとして、僕にどれだけの人間的、男性的魅力があるのか?

思いを伝えるとういうことは、
それだけデリケートで難しい、ということなのです。

そういえば、この間『歓喜の歌』という映画もDVDで観賞しましたが、
これ喜劇なんですが、めっちゃくちゃ泣けてしまいました。
仕事で、この映画に出演していた女優さんに取材したとき、「泣けました」と言ったら、ちょっとビックリしていましたが…この映画、原作は立川志の輔師匠のオリジナル落語で。
ある町の、似たような名前のママさんコーラスグループが、やる気のない市の文化会館の職員のミスでダブルブッキングになってしまい、それをどう収集つけていくかという、ドタバタしたまったくの現代劇ですが、その話の流れは極めて古典人情落語そのもので、それゆえに何か人ごとではない、僕ら日本人独特の機微を程良く刺激してくれる作品だったから泣けちゃったんでしょう。

まさに人情ものの噺。
これを映画ではなく、「話術」で堪能したいと思いました。


…ああ、寄席に行きたくなってきた。