『シブミ』
何十年ぶりだろう。 コレを読むのも・・・。 20年以上も前になるのか???
ほとんど中身は覚えていなかった。
覚えていたのは、ミュンヘン・オリンピックでイスラエル人選手を殺したパレスチナ・ゲリラに対する報復が絡んだ話だったことと、ボルボのボンネットを蹴っ飛ばす癖のある主人公が登場すること、この2点だった。
もっともこの2点でさえ、今回読み出すまで、この『シブミ』に関わるエピソードだったことは忘れていた。
パレスチナ・ゲリラ達の暗殺を計画しながらも、その計画を探知されていたことから逆に反撃に遭ったユダヤ人襲撃グループ。3人のうちの二人が殺された。 残った一人ハンナ・スターンは、伝説の暗殺者ニコライ・ヘルを探してバスク地方の山中へと赴いた・・・。
ハンナの伯父アサ・スターン(故人)こそは、彼女たちのグループを組織し、パレスチナ人の暗殺を企てたのだった。彼女は、かつてアサ・スターンから恩義を受けたニコライ・ヘルを頼ったのだった。
パレスチナ人達への暗殺計画を阻止したのは、産油国であるアラブ諸国と結び付き、CIAやMI6などをも動かしながら西側諸国を裏から操る秘密組織<マザー・カンパニイ>であった。<マザー・カンパニイ>幹部のダイアモンドは、ハンナの痕跡を追い、ニコライ・ヘルへと辿り付く。
ダイアモンドはバスクに赴き、ニコライ・ヘルに会い、<マザー・カンパニイ>の意向に逆らうことは許さないと恫喝する。
ダイアモンドとニコライとの因縁・・・・。
ナチス・ドイツの父親とロシア貴族の母親を生物学上の両親とする主人公ニコライ・ヘル。
生まれたときから父親の顔は知らず、幼少時は上海社交界の顔である母親に育てられ、少年期の彼に最も影響を与えたのは、上海を支配した日本陸軍将校の岸川だった。岸川が戦場に出てからは、ニコライは日本に渡り、岸川の親友であり棋士の大竹七段の下に身を寄せ、日本文化と日本的精神を身に付けた。いつしか彼は、日本的精神の至高の境地「渋み」を極めることを自らに課すようになる。
第二次世界大戦に破れ、GHQの占領下にある日本。父親代わりであった大竹七段を亡くし、初恋の女性もまた広島に投下された原爆で亡くした。 精神は日本人でありながら容貌はヨーロッパ人であり正式な国籍を持たないニコライは、混沌とする東京で一人生きていかなければならなかった。しかし、多言語に通じる能力と生来の知性を持っている彼はGHQに雇われ、各種文書の翻訳、時には暗号解読を仕事とするようになる。
そんなある日、シベリアの地で捕虜となっていた岸川将軍が戦犯として裁かれるために巣鴨拘置所に移送されて来るとの情報がニコライの元に届いた。
岸川との面会に辿り付き、生き恥を潔しとしない岸川の意向を汲み、岸川を自らの手で死に至らしめたニコライ。アメリカとソ連、敵対し暗躍する両国の駆け引きの中、岸川殺害の罪で捕らえられたニコライに対し、ソ連の指示で行ったと自白自著させるべく拷問に掛けたのは、GHQアメリカ陸軍のダイアモンド少佐だった・・・。
本作、<マザー・カンパニイ>対ニコライ・ヘルの対決をメインとして描いた冒険アクション小説なのだが、そんなメイン場面を圧倒しているのが、ニコライの人格形成過程=日本の戦中戦後期を描いた場面と、ニコライが趣味で行うバスク山中の洞窟探検の場面だ。
ニコライの日本時代のエピソードには、古き時代の日本文化やアメリカ文化、そして日本的精神についての深い洞察があり、バスク地方の洞窟探検のエピソードには、これだけで一つの冒険小説となり得るほどスリリングな筋立てと男の友情物語がある。
むしろ、これらのサブプロットの方が心揺さぶられる話になっている。
今作中における日本文化論、日本人論は、一読の価値がある。 とにかくお薦め。
さて、今回、改めてコレを読んだのは、来月、今作の前日譚となる『サトリ』という作品が出るからだ。それが読みたいからだ。 早川書房が『サトリ』を出すのに合わせて、この『シブミ』を新装版で出した。その策略にまんまと乗っかってやったのだ。
『サトリ』の作者はドン・ウィンズロウ。 ウィンズロウが、今は亡きトレヴェニアンが物した傑作『シブミ』へのトリビュート作品をどのように仕上げているのか? 楽しみでしょうがない。