『天使と罪の街』
マイクル・コナリー/著、 古沢 嘉通/訳、 講談社文庫
アメリカのミステリ作品では、現在最高のシリーズ(と、私が勝手に決め付けている)、ハリー・ボッシュ・シリーズ第10弾。
前作 『暗く聖なる夜』 から約1年後のボッシュが描かれる。
あの、前作のラストシーン以来、ボッシュとエレノアたちとのその後が気になってしょうがなかった。(本作での彼らの関係は極めて現実的だった・・・)
さて、出だしから衝撃的な事実が告げられる。それも二重にだ。
あの連続殺人犯・サイコパスの “ポエット
” の登場。 そして、マイクル・コナリーが描くもう一つの主要なシリーズ の主人公
の死。 この、いきなりの展開が気をはやらせる。早く先が知りたい。・・・ということで、一気に読んだ。
それにしても、本作でのハリー・ボッシュだが・・・、
最強の敵を迎え、不条理で残酷な世界(=罪の街)に対峙するヒーローとしての立場がかなり前面に押し出されていたように感じられた。社会の“暗き闇”に対峙する心を持つ亡き友との絆に忠実であろうとするボッシュの態度、ポエットの狙い・考えを次々に推理・予測し、クライマックスに濁流の中でポエットと対決する場面などに、特に強く現われていたように思う。
主人公の活躍シーンばかりだと、単なるヒーローものの作品(それはそれでイイのだが)で終わってしまうが、コナリーはそれだけではない。この作家は、登場人物たちの心象を描くのが巧いのである(私のツボを押すのである)。強すぎる事件・捜査への執着や使命感ゆえに、愛する者、尊敬する者への対応が儘ならず、その相手を傷つけることがあり、後にそれを後悔し、逡巡するボッシュ。その感情を吐き出す際の不器用さを描く場面などに、中年男である私は痺れるのである。ボッシュと別れた元妻エレノアが娘のことで言い争う場面しかり。 『ザ・ポエット』 でポエットと対決したFBI捜査官レイチェル・ウォリングとボッシュが捜査方針のことでもめる場面しかり、である。
また、ボッシュの娘マデリンに対する感情や、ボッシュが借りた安ホテルの隣の部屋に暮らす謎の女性ジェーン(実は 『バッドラック・ムーン』 の主人公キャシー・ブラック)と交わす会話に覗き見ることのできる優しさ、などには何かホンワカしたものを感じてしまったり・・・。相変わらず人の描き方がイイ。
上でも述べたが、著者コナリーは、このハリー・ボッシュを主人公とするシリーズ以外に、ノン・シリーズ作品をいくつも書いているのだが、それらノン・シリーズ作品に登場した主要キャストの何人かを、このボッシュ・サーガに組み込んだ。しかも、ただ単に登場させただけでなく、それらキャストの言動が、主人公ボッシュの心情を変化させるに至る切っ掛けを作っていたりするなど、物語展開上の必然性をしっかりと持たせているところが、この作家の凄いところである。
さて、すでに10作に至った本シリーズであるが、叙述方法といい、ストーリーの盛り上げ方といい、この作家は作品ごとに新たな引き出しを開けてみせる。マンネリ化していないことに驚く。
第11作では、警察に復帰するボッシュがどのように描かれるのか?また趣向が変わるのだろうか?
次のノン・シリーズ(法廷モノ?)もかなり評判が良さそうだし、お楽しみはまだ続くようだ。
【追 記】
シリーズを通して読むのが大変だと思う人は、本作だけを読んでもイイ。それでも充分にミステリとしての醍醐味と、ハリー・ボッシュを通して見たヒトの感情の深淵を感じることができるはずだ。
(でも、シリーズを通して読み、これまでのボッシュの経歴を追体験すれば、この主人公に一層肩入れできる。ノン・シリーズも読めば、さらに楽しめる(笑)。)