非常に抽象的な考え方しかできない人間なので合わないなと思ったら今すぐブラウザバックすることを推奨します(しないで)。
最近自分が考えていることを文章にすることが苦手だということがわかったので日記のような形で適当に文章を書いていきます。
まず、孤独の意味を調べようかな。
《名ノナ》
ひとりぼっちであること。
「―感」
だそうです。
ときどき、孤独についてネサフしてるとこういうことを話している人がいます。ー>「本当の孤独は一人でいるやつにはわからない」
???と思って少し考えてみるといっていることが分かった気がしました。
孤独にはまず二種類あると思いました。その二種類とは「物理的に孤独」、「価値観的に孤独」の二つ。
物理的な孤独とは簡単ですが周りに人がいない、周りに対話できる人がいない、触れる人がいない、なんてことだと思います。
これは多分ニートやニートのような生活を送ったことがあるかたならもう0.0001秒ぐらいでわかるんじゃないでしょうか(煽りではない)。
もうひとつの価値観的な孤独は、物理的には孤独ではないが孤独感を感じてしまう状態のことかなと思います。
やっぱり人間、他人と一緒にいると喧嘩や言い合いが起こったりするとおもうんですよね。
これなんでだろうと考えると価値観が違うからじゃないかと思うわけです。例を出すのが下手で申し訳ないし、間違ってるかもしれないんですが、歴史上で宗教同士が戦争してるのはもろこれが理由なんじゃないかと。
それで喧嘩後に2つの選択肢ができると思います。共存するか分かれるか。共存する方は仲直りですね、お前が正しかった、俺が悪かったなんてもの。これは自分の価値観を変えた(他人に合わせた)からできることだと思います。
もうひとつの分かれる方、お前の考え方はやっぱり違うから一緒にいるの無理ってやつです。これ意外に分かれた後、後悔したり、そいつとの思いでを思い出したりして心が不安定になりますよね。ならない人をサバサバ系といいます(煽りではない)。
共存を選んだ方は、多分孤独感がなくなるとおもいます。しかし逆に、分かれる方を選択すると孤独感を感じることになります(物理的に孤独になるので)。
しかし問題なのはこの二つではない!!!
共存するか、分かれるかを選べてないのに結果的に共存してしまっているということが問題なんです!
どういうことかというと、価値観を共存するために変えていないのに一緒に行動するということですよ。
この状態維持してるとモヤモヤするんですよね、心の闇に途中で気づく方もいますね。
何が問題かというと物理的には孤独ではないのに、お互いに価値観が違う状態を維持してしまうから孤独感が消えないことが問題なのかと。
これでは他人と共存するメリットが得られないではありませんか(日本兵風)!
孤独感を埋めるために他人と共存することを選んだのに結果として孤独感が埋まらないのはやっぱりメリットが得られないからもったいないと思うんですよね。
だから価値観をこいつと合わせの無理!って思ったら話し合うか分かれるか動きましょうよ。モヤモヤしててももったいないよというのが今回のお話でした。
いや、孤独についての考察どこいったんだよ(CV:サンド伊達)!
最初の方に書いた「本当の孤独は一人でいるやつにはわからない」っていうのは物理的には孤独ではないが、価値観的に合わないから孤独感が消えないってことなのかなと思いました。それを疎外感ともいうかもしれないけどそれは違う問題が生じてしまうので今回はここまで