チンパンジーと人属(ホモサピエンス)が分化(枝分かれ)したのは700万年以上前のことと言われています。おサルさんは樹上での生活を送っていましたので、「モノを握る」ような手の発達をしました。親指と他の4指がひとまとまりとなって向き合う形になっていて、木の枝などを握っていたための進化でした。その樹上から勇気あるおサルさんが地上に降り立ち生活を選択し始めると、親指と他の4指が互いに関係づけて指の分化・分業ができるようになり、ヒトとして更に進化をとげていったようです。手のこのような機能分化の発達は土を掘り起こし、魚や動物を採集し、その先には農耕にたどりつくことになります。子どもの手も生まれたときは「グー」の握り状態ですが、成長に合わせて指の機能の分化が進みます。哺乳時におっぱいに触れる、指を発見して指吸いをし、スプーンで食べる、絵本に触れたり持って舐めて見たりを経て、生活の中で椅子を用意したり年長さんになると配膳などのお手伝いをする、などなど。また手の大事な機能役割は、ことばに変えた自己表現の働きです。うれしい時に手をパチパチする、いやなことを避けるように手ではらう、そして大切なものとして他児と「手をつなぐ」ようになること。ほかのグループの子どもたちが園外保育に出たあと、残っていたおひさまグループの小さな子どもたちのある日の様子。保育者の声掛けに「はらばい」のまま勢いをつけて先進するとき、子どもの手(と言うより腕と手が一体となったまま)はまだ体から離れ切れずにいて手の居場所はまだまだです。ハイハイの子どもは両手でからだを支えて前進しますが、運動機能的な働きのなかで「手の感性」を養っているのだろうなと思います。一歩に踏み出した子どもは「手」をからだを支える道具として使いながら行動範囲を広げていきます。入園したばかりの乳児のお子さんの「手」はまだまざ未分化ですが、自己内感覚を養うように「指吸い」に没頭。でも、モノ言えぬ子どもは「手」にいろいろな思いを込めているのだと思います。そして「手」の思いは、養育者(ご家族)にしっかり身を投じているなかの「安心感」と重なり合っていることを思います。入園式の一コマです。(4/28.K)