読売テレビに入社して数年たった頃。


当時、私の定番の仕事は…

お昼と深夜のストレート ニュース。


頻繁に報道デスクに行くので、

報道部のバイト君とは自然と仲が良くなる。


大概、大学生。

時によっては就職活動中の三年生も少なくない。


ある時、ニュース原稿を待っている時間に、

就職面接の話で盛り上がった。


「植村さん、今、就職活動中なんすけど…

 “最近、気になるニュース”って、

 面接で聞かれたりしますよね。

 やっぱり、アメリカ大統領選とか、

 大きなネタがいいんすかね?」


『いやいや…

 誰もが取り上げる大きなネタより、

 自分だけが気になる身の回りのニュースの方が

 オリジナルな感じがして良いんじゃない?』


と答えて、例えば、と

最近、私が気になっていたニュースの話をした。


ある日、火災現場から、

高齢女性が細い鎖に繋がれた状態で、

遺体で見つかったと言う事案。


疑われたのは一人息子だった。


定職を持たず、母の年金とアルバイトで暮らす彼。

虐待ではないかと…


しかし、

その数ヶ月後、

同じ事案を丁寧に取材した新聞記者がいて、

彼の書いた記事を読んだ。


高齢の女性と一人息子は2人で暮らしていた。

彼は、きちんと会社に勤め母を養っていたが、

ある時から、母がアルツハイマーを患い始めた。


息子が会社に行っている時、

母は家から外に出てさまよっているところを

何度も保護された。

「お腹が空いたから…」

母は言った。


息子は昼休みに自宅に帰るようになった。

母に食べさせてから会社に戻る日々。

ドアには外から鍵をかけた。


しかし、

ある日、家に帰ると

母が転んで倒れていた。


彼は会社を辞めて、

母の介護に専念した。

とは言え生活は楽ではないのでアルバイトに出た。


出かける時は、

ベッドとトイレに行ける範囲の

安全な場所から出られないよう、

泣く泣く母を鎖に繋いだ。

ヒモだと自分で噛み切ってしまうのだ。


ところが…

彼がアルバイトに出ている時に

隣家で家事が発生。

あっという間に燃え広がった。


とても悲しいニュースだった。


事実だけが書かれた短い記事。

火災。

鎖に繋がれた高齢女性の遺体。

アルバイトの一人息子。


しかし、その裏側には、

日本の社会が抱える高齢化社会の

悲しい現実が隠れていたのだ。


一見しただけでは分からない事象から

奥深い問題点を浮き彫りにする。

そんな力が、報道にはあると思う。


私は、報道の現場で、そんな仕事がしたい。


…と、その頃、考えていた話を

バイト君にした。


それから数ヶ月後。


そのバイト君と、

また昼ニュースの現場で会った。


「植村さん!

 有難うございます!!」

『え?何が?』


「植村さんと、昼ニュースの時、

 面接の話しましたよね。

 “最近、気になるニュース”!!」

『あぁ、高齢女性が鎖に繋がれた遺体が

 家事の現場から見つかった話?』

「そうです、そうです。

 あの話、そのまま面接で!

 一番、重要な面接で話したら手応えあって、

 お陰様で東京のキー局に受かりましたー」

『あ、そう。そうなんだ。

 そのまま使ったんだ…。

 いやいや、おめでとう(o^^o)』


なんとなんと…

いやいやいやいや、なんか複雑。


ま、その話だけが、

彼の就活の成功の理由ではないだろう。


とは言え…(^◇^;)


お役に立てた、と言えば、お役に立てた…

とは言え、利用されたような気もする。


役に立つことと、

利用されること。


何が違うのか…


『あの話、就活の面接で使っても良いですか?』

事前に一言あったら、

もちろん笑顔で了承していたのに。


キー局に入った彼。

その後、どんなテレビ局人生を歩いているのか。


思い通りの現場で

活躍できていたら良いのだけれど…