私は高校も大学も

育英会の奨学金で卒業することが出来ました。


本当に有難いことだと思っています。


就職してから

コツコツとお金を返して行きました。


母からは、

そうすることが当たり前のように言われましたし

自分でも何の違和感もありませんでした。


『自分が勉強するお金は自分で払う。』


でも、

社会人になって、そんな話をすると

「苦労されたんですね。」

と言われることが多く、

「あれ?私、苦労したの?」

と違和感を感じることが少なくありません。


とは言え、

小さい頃から

2時間遠泳をしなくてはならない

小中学校に通っていたので、、、


泳げない私は、

なんと!

「水泳」の個人レッスンを何年も受けました。


大学生のお兄さんと一対一で泳ぎを習うことで、

カナヅチだった私は

なんとか1時間遠泳、そして2時間遠泳を

学校のみんなと一緒に経験することが出来たのです。


そして、

勉強も同じです。


家庭教師について貰っていました。


他にも英語の教室。

ピアノ、日本舞踊、習字などなど

ありとあらゆる習い事もさせて貰いました。


ピカソ展やゴッホ展などの絵画、

『屋根の上のヴァイオリン弾き』『桜の園』宝塚の『ヴェルバラ』などの舞台も、私が観たい、といえば色々なところに連れて行ってくれました。


なので、

「苦労した」感覚がないのです。


そこで、

当時の母の気持ちを考えると。。。


きっと、

確かに我が家は裕福ではなかったのだと思います。


で、

限られたお金を

子供のために、どう有効に使うのか???


色々考えてのことだと思うのです。


小さい頃の経験は

知識の基礎になるので、とても大切なことです。


素晴らしい絵や舞台を観たり

素晴らしい本を読んだり、

実際に素晴らしい大自然を体験したり。


それら全てのことは

その人の基礎になります。


一流のものを体験して育てば、

大人になってモノを見た時、

一流のものを基礎とした判断基準を持てるのです。


そんな母のお陰で。

アナウンサーになって色々な場所に取材に行っても

小さい頃から培ったモノを見る目で判断し

自分で考えて

感想や意見を言うことが出来ている気がします。


お子さんの育て方は千差万別。

様々な考え方があり、お子さんの性格も様々で

一概に正解を探すのは難しいと思います。


高校や大学に行くお金より、

小さい頃の教育に、

まずお金をふんだんに使った母の考え方も

一つの教育論なのではないかな、と。


今は、そんな母に感謝の気持ちしかありません♫