父は仕事に生きた人だった。

家族は二の次。


出版社に勤め、

夜遅くまで働いた。

せっかくの休みも…

取材のために日本各地や世界を飛び回っていた。


そんな父が、

ようやく小学校に上がった私と

珍しく散歩に出たことがあった。

季節は秋。
黄色い花があちこちで満開を迎えていた。

『なおみ君、この黄色い花の名前、知ってる?』

大正生まれで陸軍士官学校を出ていた父は、

友達を『貴様』と呼ぶ人だ。

2人の娘のことは

『なおみ君』『いずみ君』と呼んでいた。

亡くなるまで変わらなかった呼び名。

士官として戦争にも行った父だが、

一生をかけて仕事にしたのが植物。

彼の愛してやまないものだった。


戦争から帰国した後は

千葉大学の園芸学部に入り直し、

植物の月刊誌ガーデンライフの編集長をしていた。

そんな父は…

私の近況を聞いたりする訳でもなく、
散歩でも植物の話しかしなかった。

『あれはね、セイタカアワダチソウって言うんだよ。 学名はソリダゴ・アルティッシマ。

 名前がついているのは、

 お花屋さんに売ってる花だけじゃないんだ。

 いつも通る道端や野原に咲いている花にも、

 それぞれ名前があって学名があるんだよ。』

まだ小さい私に

学名や植物の特徴を嬉しそうに話す父。

色々な花の名前を教えて貰った。

亡くなる前夜の言葉は…
『なおみ君、ペン取ってくれる?

 ベゴニアの原稿を書くから。』

最後まで仕事と植物を愛する人だった。

今年も、

セイタカアワダチソウが満開になった。


嬉しそうに話す父の笑顔が浮かぶ。