高台寺前の「ねねの道」から「二年坂」へと続くところに東西に走る「維新の道」。その道を東へ・・・。心臓破りと言えなくもない急な上り坂を上がったところにある
京都霊山護国神社。
私は、坂本龍馬なる人物にあまり関心がありませんでした。興味を持ったのは
やはり京都に興味を持ち出し、龍馬のたどった足跡が多数残っているとこらから
でした。そして司馬遼太郎の「竜馬がゆく」・武田鉄矢・小山ゆうの「おーい竜馬」
を読むにいたり、龍馬の虜になっていました。(去年大河でもやってましたね。
配役はよかったんだけどなぁ。私的には千葉さな子の人物描写がチョット)
今よりはるかに身分制度のやかましい時代に、一介の脱藩浪人の存在でありながら成し遂げた仕事の大きさ。明治維新以後、土佐藩出身者からはあまり人物が出なかったこと、さらに(ある意味晩節を汚すことなく)、待ち焦がれた新しい世の中を見ることなく凶刃に倒れた最期。男として憧れてしまいます。
霊山護国神社にはその龍馬をはじめ、幕末以降国のために殉じた英霊が静かに眠っています。
桂小五郎・松子(幾松)夫妻や高杉晋作の墓も。しかし最もたくさんの人が手を
合わせているのはやはり、龍馬と中岡慎太郎のお墓。
高台にあるお墓の前に龍馬と慎太郎の銅像があります。
銅像の目線は京都盆地を見つめています。
まるで龍馬が「わしらが洗濯した日本は、今どうなっちょるかいのぅ」と言っている
ようです。
今の日本を見たら、龍馬や幕末の志士たちは何と言うでしょうか・・・。
そういうところに想いを馳せ、いつも墓前では涙せずにはおれません。
平々凡々たるサラリーマンの私には何もできませんが、日本男児と生まれたからにはせめて自分の襟だけでも正して生きていきたい、と思う今日この頃です。
カタイ話になっちゃいましたが、この景色を見るのもオツなもんです。
実際には龍馬の墓前よりちょっと向かって左、たしか吉村寅太郎だったかな?の墓前にベンチがありそちらからの景色、また一服は素晴らしいです。
また、龍馬たちだけでなく、階下にはインドの国際法学者ラダ・ビノード・パール博士の顕彰碑があります。詳細はここでは避けますが、こちらも合わせてご参拝のほどを。日本にとっての大恩人です。

