くじ運に恵まれて購入できたチケット片手に行ってきました、日産スタジアムの準決勝。「ルーツ国」イングランドと、「王国」の名を欲しいままにしているニュージーランドとの一戦。
ここ3年間で二回苦杯をなめたアイルランドを準々決勝で全く寄せ付けなかったニュージーランドと、今年のザ・ラグビーチャンピオンシップでニュージーランドに大勝したオーストラリアを、やはり準々決勝で圧倒して勝ち上がってきたイングランドの大激突。準々決勝の両雄の闘いぶりからすると「事実上の決勝戦(残念ながら、そうはならなかったが)」というに相応しい一戦であった。
それこそ、世界の頂上決戦が見られるとの思いでワクワクしながら、日産スタジアムの最寄駅小机に到着。まあ、とにかくここは日本かと疑いたくなるような、ガイジン、ガイジン、ガイジンの人波。前回生観戦した東京スタジアムの最寄である飛田給も普段は閑散とした駅だが、小机はおそらくもっと寂れているだろう。基本的にはこじんまりとまとまった住宅の密集した、典型的なベットタウン駅なのだ。しかし、今日ばかりは、世界一の戦いの場を備えた祝祭空間である。この日の観客は8万人を超え、これはこのスタジアムのレコードだそうだ。
馬鹿高い値段を払った甲斐があって、当日のシートはニュージーランドの控え選手にほとんど手の届きそうな、かなり前の席。私の周りの観客はニュージーランド人がやや多い感じはしたが、スタジアム全体では半々くらいではなかっただろうか。まあ、両国の人口を考えれば、ニュージーランドの方の「熱量」は高い気はしたが。
前回観戦のイングランドvsアルゼンチンの時も両国の国歌斉唱は凄まじい音量であったが、今回はそれを凌駕していた。単純に観客が2万人近く多いということもあったが、両国の「闘争」の歴史を物語るかのような国家斉唱合戦はまさしく私の体を震えさせた。それよりもすごかったのがニュージーランドが試合前恒例のハカを演じる際のイングランドファンの大音量の応援歌。準々決勝のアイルランドの国家もすごかったが、イングランドファンはそれをしのぐ気合いで声の塊をニュージーランドフィフティーンにぶつけ続けていた。イングランドフィフティーンのV字型迎撃体制とキャプテン、オーウェン・ファレルの不敵な笑みも印象的だった。最もこの笑みは帰宅後のTV映像で知ったのだが。
さて、試合は開始早々動いた。イングランドがいきなりノーホイッスルトライを決めたのだ。本当に至極簡単に、実にあっさりと奪ってしまったという印象。イングランドにすればこれ以上ないという立ち上がりだったが、このまま簡単に相手を勢いに乗せてしまうニュージーランドではない、…はずだった。実際に、いままでTVでも生でも、観戦したことのあるニュージーランドというチームは、最初まごつくことはあっても、その後は確実に修正して、最後には勝ち切るというプレースタイルであった。この試合もそうなると予測していたし、ニュージーランドのプレーヤーもすぐにエンジンを全開にはしたとは思うのだが、イングランドプレーヤーのエンジンは馬力もスピードもオールブラックスを上回っていた。
例えばキックチェイス。イングランドのエディー・ジョーンズHCは、2003年のW杯では母国の豪州を率いて準決勝でニュージーランドを撃破しているが、その時の勝因の一つとして、「ニュージーランドの得点の80%は相手がキックをしてきたボールからのカウンター攻撃によって生まれている」と分析し、その対策をしっかり練ったことを挙げていた。この試合はその時の豪州よりも、もっと強固な対策が練られ、実行されていた。オールブラックスの選手がキックされたボールをキャッチすると、ほんの数歩走っただけで、白い塊に飲み込まれてしまうのだ。エディーHCは2003年の際の勝因として「ニュージーランドの選手たちに、『豪州は何をやってくるかわからない』と思わせるような戦い方をさせた」とも語っていたが、この日のイングランドは、そもそもオールブラックスの選手たちに「相手が何をしてくるか」を考えさせる時間すら与えなかったっと言って良い。エディーHCの秘蔵っ子と言われているカリー、アンダーヒルの両FLとCTBツイランギを中心に、ニュージーランドがいかなる攻撃を仕掛けようとしても、仕掛ける前にはすでにディフェンスがほぼ完璧に揃えっているという状態を80分間続けたのだ。
最終スコアとしては19-7と「接戦」ではあったが、内容としてはイングランドの圧勝、または完勝と言って良い試合だった。試合内容にはそんなに差がないのに、点数差だけが一方的に開いてしまう試合というのはよくあるが、内容に一方的な差があったというのに、スコア差がさほどでもない、という試合は珍しい。なにしろ、オールブラックスは「意図して取ったトライ」は一本もなかった。唯一奪ったトライ(ゴール成功)は相手ゴール前の相手ボールのラインアウトが乱れ、地面に転がったボールを抑えたもの。タナボタというか、イングランドが「くれてやった」チャンスをものにしただけ。こういう、相手のミスを着実に得点に結びつけるしたたかさはさすがだが、良かったのは本当にこのプレーだけ。ラインブレイクも奔放なランもオフロードパスもことごとく不発。イングランドはいやらしいまでに見事に、ニュージーランドのチャンスの芽を摘んでいた。いや、芽が出る前に芽が出ないよう、地面をコンクリートで固めてしまったとでもいうべきか。あのオールブラックスにラグビーらしいラグビーをさせなかった。最後の方など、ニュージーランドがボールを持っても、得点につながるイメージが全く湧かなくなってしまったくらいだ。
この日本大会は観客動員数でも、各地のホスピタリティーという点においても評価が高く、早くも20年以内にもう一度誘致しようという声が上がり、また運営団体であるワールドラグビーも前向きな姿勢だそうで、大会のキャッチコピー「4年に一度じゃない、一生に一度だ」という言葉に関しては、ややその力強さが失われつつあるが、ニュージーランドが、あれほどまでに内容的に圧倒されて負けるのを見られたのは「一生に一度」かもしれない。
帰り道は、観客に対して明らかにホームの狭い小机から、人波に翻弄されて乗車するよりも、新幹線の停車駅でもある新横浜の方がまだゆとりを持って乗ることができるだろうと考えて、そちらに向かった。本当は菊名まで歩こうと思ったのだが、途中で、思いっきり逆方向に歩いていることに気づき、最初からこれでは、いい歳こいて迷子になりかねないという恐れが出てきたので新横浜から電車に乗車。新横浜に向かう道すがら、白いジャージを着た人々ははしゃぎまわっていたが、黒いジャージを着た人々は葬式にでも向かうように静かだった。自国のチームは文字通り、今日死んでしまったのだから無理はない。3位決定戦が控えているとはいえ、優勝が大前提とされるチームが敗退したその心理の悲痛さは計り知れなかった。