概要

 刑事訴訟法の規定に従い、他人の手足や身体、自由を拘束し、よって犯人の逃走を阻止することを逮捕といい、そのうち犯人を犯行現場で令状なしに逮捕することを現行犯逮捕という。本稿では、そんな現行犯逮捕のうち、私人逮捕(捜査権を持つ検察職員または司法警察職員以外の人物が行なう逮捕)について解説する。
 なお、法律上は「被疑者」となっている部分に関しては、世間一般として「容疑者」の呼称が定着しているため、「容疑者」の呼称を用いる。本稿の「容疑者」となっている部分は、法律条文を調べる際は「被疑者」として調べる必要がある。
 本稿において、「容疑者」、「被疑者」、「犯人」は全て同じ意味である。また、本稿において特記無き場合、「司法警察職員」には警察官を含む。
 

 

 

逮捕とは

 逮捕(たいほ)とは、刑事訴訟法199条などに規定されている、犯人の手や足などを拘束し、または取り押さえるなどして、自由を奪う行為を言う。通常逮捕、現行犯逮捕、緊急逮捕の3種類がある。

 原則論として、他人の自由を奪うことは人権侵害にあたり犯罪(暴行、逮捕監禁、暴行等目的誘拐など)となる。よって法律上の要件を満たし、その公益性が認められる場合に限り、限定的に認められるものであり、逮捕は捜査、および容疑者を逮捕しない場合に生じる被害の抑止等も考慮の上、必要最小限度に留める範囲で行なう必要がある。

 


i) 通常逮捕

  刑事訴訟法199条に規定される。権限のある公務員(検察官、検察事務官、司法警察職員[一般には警察官。犯罪内容や状況により麻取、海上保安官、自衛隊警務官、捜査権を持つ都道府県や水産庁の漁業取締官等] )が、裁判所からあらかじめ発行を受けた逮捕状によって、容疑者を逮捕する。日本では憲法(31条、34条)および刑事訴訟法(197条、199条)において令状主義が原則として定められているため、逮捕はこの通常逮捕を原則とし、それ以外の逮捕は可能な限り回避すべきとされている。

  逮捕状には、容疑者の氏名、住所、生年月日など容疑者をその人物として特定するに足る人定情報、および容疑者の犯罪となる加害行為や被害対象(被害者、盗難被害物品、破損された財産や建造物等)、そしてその行為が何法の何条の何という罪にあたるのかが明記された上、担当裁判官(通常は地裁または簡裁の刑事単独係の裁判官)の氏名が記され、担当裁判官が押印して初めて有効な逮捕状として効力を持つ。逆に言えば、前述の必要事項の記載がない逮捕状は無効であり、無効な逮捕状によって容疑者を逮捕することはできない。また、必要事項が記載された逮捕状であっても、有効期限が切れた逮捕状は無効となる(指名手配などやむを得ない場合は、有効期限を更新した逮捕状を、再交付するよう裁判所に申請する)。

  また公務員が逮捕状の発行を受けた場合であっても、逮捕状発行後に逮捕の必要性が無いと判断した場合には、容疑者を逮捕しないことができるとする解釈が一般的である。このように逮捕状の執行の是非は逮捕状を取得した公務員(検察官、司法警察職員等)側の判断に委ねられるとする説を許可状説と呼び、現在の逮捕状運用における解釈の定説となっている。

  なお、許可状説の反対にある解釈・学説として、逮捕状は容疑者を逮捕せよとする裁判所の命令であるから、逮捕状の発行を受けた際には必ず容疑者を逮捕しなければならないという説を命令説と呼ぶ。ただし、この命令説を提唱する学者は少数であり、実際の捜査における運用は許可状説にもとづいて行なわれるのが一般的である。



ii) 現行犯逮捕

  刑事訴訟法213条の規定に基づき、現行犯人を逮捕すること。現行犯逮捕とは、現行犯人を逮捕状無しに逮捕することをいう。

  街中などで、「ひったくりだ‼」、「あいつが犯人だ‼」などと連呼されている人物や、犯罪を現在進行系で行なっている犯人を取り押さえ、あるいは捕まえることがこの現行犯逮捕にあたる。

  捜査権を持つ検察職員(検察官、検察事務官)および司法警察職員以外が犯人を現行犯逮捕した場合、できる限り早く、捜査権を持つ司法警察職員または警察官、もしくは事件発生地を管轄する検察官(地方検察庁検事または区検察庁検事)に身柄を引き渡さねばならない。

  なお、捜査権を持つ司法警察職員、警察官、検察職員以外が行なう現行犯逮捕を、特に私人逮捕という(現行犯逮捕の要件の詳細は、私人逮捕の項を参照のこと)。


 

iii) 緊急逮捕

  刑事訴訟法210条に規定される。現行犯逮捕の時間的接続性を満たさない(犯人が現行犯逮捕されなかった)場合であって、逮捕状の発行を待つ時間的余裕のない場合に限り、検察官、検察事務官、司法警察職員のみが行なうことのできる逮捕である。この場合、直ちに逮捕状を裁判所に請求し、逮捕状が発行されない場合はただちに容疑者を釈放せねばならない(刑事訴訟法210条)。

 

 また、指名手配(メディアで報道されている、または警察内部のみでの情報共有の双方を含む)されている犯人を、逮捕状を取得した司法警察職員以外の部署に所属する警察官が発見した場合には、必要があれば、現場で緊急逮捕し、その後逮捕状を取得していた部署の警察官が緊急逮捕の連絡を受けて現場に向かい、逮捕状を執行する。

 

 緊急逮捕には、下記の要件を全て満たす必要がある。

  イ) その犯人が犯罪を犯したという一定程度以上の根拠があること

  ロ) その逮捕容疑が緊急逮捕の対象(下記a~c のいづれか)に該当すること
    a) 死刑が定められた罪
    b) 無期懲役、無期拘禁、無期禁錮のいづれかが定められた罪
    c) 最高3年以上の懲役、拘禁もしくは禁錮が定められた罪

  ハ) 緊急逮捕しない場合に、逃走、証拠隠滅またはさらなる犯罪行為に発展するおそれのある場合。
 

 

 

私人逮捕

 現実的に可能かどうかはさて置くとして、法律上は、人として誕生したその瞬間から、死亡するまで生涯にわたって、捜査権の有無や逮捕状発行の有無、逮捕状発行の可能性に関わらず、現行犯人を逮捕することが可能である。
 犯人が犯人以外の他者と明らかに区別されている場合であって、犯行を目撃し又は犯行を行なった明確な証拠や痕跡(こんせき)がある場合にのみ、容疑者を逮捕することができる。

 街中などで、「ひったくりだ‼」、「あいつが犯人だ‼」などと連呼されている人物や、犯罪を現在進行系で行なっている犯人を取り押さえ、あるいは捕まえることがこの現行犯逮捕にあたる。

 捜査権のある検察職員または司法警察職員以外が犯人を現行犯逮捕することは、「私人逮捕」とも呼ばれる。

 現行犯逮捕は、下記の i) ~ iv) の全ての条件を満たす場合にのみ行なうことができる。



i) 犯罪構成性(犯罪成立性)

  その行為が罪に当たると法律によって定められている(死刑、懲役、拘禁、禁錮、罰金、拘留もしくは科料の少なくともいづれかが行為の罰則として定められている)ものであること。

ii) 時間的接続性

  現場の状態が、現在犯行が行なわれている、または直前まで犯行が行なわれていたと信じるに足る状況、痕跡があるとき。おおよそ犯行の成立・終了から30分以内。

iii) 現行犯逮捕の必要性

   下記のいづれかの条件を満たすとき。

    a) 現在まさに犯行が行なわれているのを目撃したとき
    b) 現在まで犯行が行なわれていた痕跡・証拠が現場にあるとき
    c) 「犯人だ」、「捕まえろ」などと現場で連呼されているとき
    d) 事件発生直後の現場から逃走する様子があるとき

 

iv) 手続き適切性

 

 下記 a) および b) の手続きを全て守った上で行なうこと。

 

  a) 逮捕時に、逮捕容疑(何法の何条に罰則があるか、あるいは罪名)、および逮捕容疑に該当する事実(被疑事実[ひぎじじつ]、または嫌疑事実[けんぎじじつ]という )を告げること(憲法34条)。

 

  b) 検察官、検察事務官、司法警察職員以外が現行犯逮捕した場合には、直ちに逮捕した犯人を、その地域を管轄する警察官、司法警察職員、地検(地方検察庁)検察官、区検(区検察庁)検察官のいづれかに引き渡さねばならない(刑事訴訟法214条)。






適切な私人逮捕の事例・状況

 

i) 基本的状況等

 a) これらの犯罪に該当する状況を目撃した直後の逮捕
   (少なくとも下記の1つに該当する場合、または下記以外の状況であっても犯罪を行なった様子が現場にある場合)
 

    人が被害者に暴力を加えている状況
    会計を済ませない商品をバックに入れる状況
    刃物など所持が禁止されている物品を所持している状況等
    店の機械を殴る(いわゆる台パン)状況



 b) 犯人として特定されている状況(下記のいづれか)での逮捕

    現に逮捕対象人物が犯行を行なっているのを目撃した
    「そいつが犯人」、「捕まえろ」などと特定人物が連呼されている
    犯行直後の現場から逃走しようとする人物を目撃した



ii) 具体的事例

 

 a) ディズニーパレード乱入事件(2022年12月13日)
    2022年12月13日午後3時45分頃、千葉県浦安市の東京ディズニーランド(以下、TDL)で行なわれていたパレードに男が乱入。男は、その場でTDL従業員に身柄を確保(=威力業務妨害容疑で現行犯逮捕)され、TDL側の連絡で駆けつけた千葉県警浦安署の警察官に、現行犯人として引き渡された。この事件で逮捕された男に関し、千葉地検は同月23日付で不起訴処分を決定したと報じられた。


 b) 2023年陸上自衛隊日野基本射撃場銃撃事件
    2023年6月14日、陸上自衛隊・日野基本射撃場で男性自衛官候補生1名が、同僚に向けて小銃を発射、現場に居合わせた別の自衛隊員らが容疑者の自衛官候補生を取り押さえ(=殺人未遂容疑で現行犯逮捕)た。容疑者の自衛官候補生は、自衛隊からの連絡を受け駆けつけた地元・岐阜県警の警察官に、現行犯人として引き渡された。
 

 

 

私人逮捕系 YouTuber

 私人逮捕系 Youtuber (しじんたいほけいユーチューバー) とは、動画のネタとして私人逮捕、または私人逮捕と称する犯罪行為を、日常的に投稿・撮影する Youtube 投稿者をいう。私人逮捕の全てが違法ではないため、私人逮捕系 Youtuber の全てを 迷惑系 Youtuber( Youtube 投稿者のうち、犯罪行為や他者へのいやがらせを主なネタとして投稿する投稿者) と断定することはできないが、法律上の条件を欠く形で "現行犯逮捕" と称する行為を行なった場合は、迷惑系 Youtuber の定義に合致すると言える。

 また、常習的に、"私人逮捕系 Youtuber " などと称して、不当逮捕や強要をくり返した場合、暴力行為等処罰法(正式名称:暴力行為等処罰ニ関スル法律)違反に該当する可能性がある。

 

 

 

私人逮捕系 Youtuber によるの犯罪行為の一例

 

 a) "お姉さんパパ活やってるでしょ?" 、"8万で売ってるよね?お金返してよ" などと、劇場施設で数名で女性を取り囲んだ。

 名誉毀損罪(刑法230条)
  "お姉さんパパ活やってるでしょ?" と大声で発言する行為、またはネット上に書き込む行為等。

 恐喝罪(刑法249条)
  "8万で売ってるよね?お金返してよ" などと金銭を要求する行為。また恐喝目的で暴力をふるい、または身体に触れた場合は強盗または強盗未遂罪が成立する。また、強盗、恐喝およびそれらの未遂を目的に他人にケガを追わせた場合は強盗傷害罪となり、死亡させた場合は強盗殺人罪となる。

 逮捕・監禁(刑法220条)
   正当な理由なく、または容疑の罪名(何法の何条の罪か、またはその罪名)および被疑事実(罪にあたる行為はどのようなものか)を説明せずに逮捕し、手足などを引っ張り、または取り押さえる行為。

 暴行等目的誘拐(刑法225条)、強要(刑法223条)
   現行犯逮捕と称して、不当に人を逮捕し、または自分についてくるように指示・強要する行為。虚偽の内容にもとづいて警察署などへの同行を強要する場合も、この暴行等目的誘拐に該当する可能性がある。




 

私人逮捕系 Youtuber で逮捕された主な者の一覧

 

a) 煉獄コロアキ(本名:杉田一明)

  2023年9月、帝国劇場前で知人と待ち合わせをしていた当時10代の女性に、"チケットを転売した" などと虚偽の事実を言って男数名と共に取り囲んだ。さらに、その様子を、"転売ヤー"、"パパ活女子"、"8万円返せ" の文言と共に、被害女性の顔をモザイク無しでネットに投稿し、被害女性の名誉を毀損。同年11月13日、警視庁生活安全部・生活安全特別捜査隊に、名誉毀損容疑で通常逮捕される。
 

 

b) ガッツch (中島蓮[本名:今野蓮]・みっちー[本名:奥村路丈] )

 

  2023年8月、今野および奥村の2名が共謀し、男性に対し、JR新宿駅東口前の路上に覚醒剤を持ってくるよう指示した、覚せい剤取締法違反(所持教唆)容疑。同年11月20日、警視庁組織犯罪対策部・銃器薬物対策課に、通常逮捕される。