今日は広島の原爆の日だ。


今朝8時15分に町内のサイレンが鳴った時、あれ?どっかで火事かな?と思った。


しばらくしてからニュースを見たら、ちょうど菅総理が平和公園でしゃべってて、あ、そうだ、今日は原爆の日だった、と思いだした。


私は小中高と広島で育った。


今は広島からは離れて暮らしてるけど、


夏休みイコール原爆、戦争の話、と、昔から決まっていて、


大学時代に別の県から来た子が、原爆の日を知らなかったことに驚愕したことがあった。


広島に住んでると、夏になるとテレビも新聞も、原爆や戦争の記事、ニュース、特集を増やすから、


忘れようがない。


そんな自分が今日は原爆の日を失念していたことにショックだった。


改めて新聞の一面を見る。


今住んでいる場所ではそこの地方紙を取っている。


朝刊の一面に「原爆」の文字はない。


中には関連した記事が少々載っていたが、今日が原爆の日だと大々的に書いてはいない。


テレビもしかり。




きっと広島ではどの局も朝から原爆特集だろう。新聞も一面を使ってるだろう。


それが普通だと思っていた子供のころ。


しかし、他県では全く違った。


国内でもこの温度差。そして、絶対忘れるわけないと思ってたのに、広島を離れて忘れてた自分。


こうして考えてみると、


アメリカ人に原爆について考えさせるのはとても難しいだろうな、と想像できる。



今年、原爆投下に関係したアメリカ人が原爆資料館を訪れたというニュースを見た。


きっと、アメリカ人の彼にとっては、ものすごい決断だったことだろう。






立場が変わると見方が変わることを、自分のこととして実感した原爆の日だった。