私は、在日韓国人3世である。
私のルーツについては別の機会に話するとして、端的に申し上げるならば、私は在米でもなく、在中でもなく、在日という立場で生まれたことを大変うれしく思っている。
というのも、いままで出会った「日本人」の方々は、いつも思いやりにあふれており、私自身を個の人間として尊重してくれた。
また、所謂マスコミや在日コミュニティでよく聞く「差別」というものを、この身で体感したことは一度もない。
(もちろん私は日本国国籍を保有するものではないので、日本国国籍保有者しか享受できない制度上のサービスが受けられない事を、特に差別とは思わない)
が、私はいつも悩み続けている。
私は何人(ナニジン)なのだろうかと・・・
在日の知人が韓国へ行くと、現地の人からは在日韓国人は現地人と区別されるという。
(当然私は、韓国国民の義務である徴兵に応じていないし、応じる義務もない)
私の第一言語は日本語であり、居住地も当然日本国土上にある。
しかし祖母の出生地は韓国であるし、片言レベルであれば韓国語も話すことができる。
私は自身のアイデンティティを、どこに見出すべきなのだろうか?
上記で「日本人」と括弧つきで記載させていただいたが、日本国国籍保有者を「日本人」と定義付けてもいいのだろうか?
私も帰化手続きを経れば、晴れて「日本人」になれるのであろうか?
現時点ではなんとなく、
○○民族
○○人
という言葉は、誰かが自分の都合を正当化するために持ち出した概念なのではないかと考えている。
そこに、自信のアイデンティティを無理やり当てはめようとすることに意味があるのかと。
そこで、
・私のアイデンティティをどこに見出すのか?
・そもそも見出す必要があるのか?
など、私のまとめきらない思考を整理するために、日記を書いてみようと思い、その媒体にブログを選んでみた。
特に文才があるほうでもないので、色々と読みにくいこともあるかと思うが、
こんなアホなことを考えている奴がいるのだな程度に感じていただければ幸いである。
また、すごく固い文章になってしまったが、私は煩悩にまみれた人間である。
煙草、酒も日々摂取し、博打や異性と過ごす事がかなり好きなほうである。
本ブログでは、人生観や宗教観に始まり、映画のマトリックスや甲殻機動隊、銃夢などのSF作品を題材に、人間は機械に置き変えられるのかなどについても考察してみたい。
また暇な時には、何でも「おもろいこと」をアップしてみようと思う。
ブログはいままで書いたことがないので、マナー的に問題があればご指摘いただきたい。
最後に、本ブログは私の体験のみを基本に、思考を重ねて何かしらの答えを導き出そうという試みである。
当然、同じ様な体験を行っていない人にとっては、論点や解を導くための前提などが異なってくると思われる。
