こんばんはー猫しっぽ猫あたま野良難病のあーさんです。

 

 

はやく記録終わりたいよ~
ブログを書くのが苦手なあーさんでした。
 

病気の経緯まとめMENU

記録です。

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2017(平成29年)/3/7

 

T医大

再診

7:00

朝食を摂り、コートリル5mgを服用しての採血

 

ACTH 13.0 正常

コルチゾール 4.57

 

コートリル5mgが3日に1回となる


再診は一か月後

電車でT医大まで通えるようになっていた。

 

 

コルチゾールの数値は前回の半分だったけど、調子が良かった。
まるで、先月の血液検査の結果がいま、起きていることのように調子がよかった。
きっと治る、そう思っていた。

数値だけを見ていると見失う。

 

 

この時の体調は、毎日起きていられる、3日に1回は体調を崩さずに出かけられる。
訪問介護の日は3日に1回の服薬日をあてた。

 

 

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この頃、ナースの友人に勧められた婦人科に通うようになっていた。
総合病院のワンフロアがすべて婦人科というぐらい規模が大きい。

都内でも有名な婦人科だった。
ここであれば、ステロイドカバーが可能という情報を得ていた。

 

 

S病院 婦人科

初診

K大学病院から応援に来ている医師だった。

M医師

 

卵巣嚢腫が見つかったので経過を観察したいとお願いした。

左側 卵巣皮様嚢腫

(普通袋状のものに包まれ、人間の元になるもの、毛や歯が含まれているらしい)

大きさは8.5cm

半年で5mm。確実に大きくなっている。

健康診断的に様々な検査を受けた。

 

 

悪性ではないが、大きさ的には捻じれるリスクは増す。
オペの考えどころだとのこと。

副腎皮質機能低下症の経過観察中であることから、オペのことを考えて、院内でカンファレンスをするとのことだった。


T医大から、転院しようと思っていたけど。
副腎皮質機能低下症は改善している。

でもオペで副腎クリーゼが起きないか確認が必要だった。

 

 

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2017(平成29年)/4/4
 

T医大

再診

7:00

朝食を摂り、コートリル5mgを服用しての採血

 

ACTH 16.0 正常

コルチゾール 7.08

 

コートリル断薬となる
再診は一か月後

 

 

完全にすぐに仕事ができる、そんな体調ではなかったけど。

今までの不調を考えると、生き返ったように元気になっていた。

 

 

自然に湧き出たコルチゾールを感じた時。

コートリルのそれとは比べ物にならないぐらい生命力にあふれていたし、精神的にもタフになっているのを感じた。

 

 

健康というものは本当に尊い。何があっても健康であればなんでもできる。

自分を大事にしていればここまで悪化しなかったと思われる病気。

どんどん快復していることに喜びが溢れた期間だった。

 

 

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2017(平成29年)/5/2
 

T医大

再診

7:00

朝食を摂り、コートリルはなしで採血

 

ACTH 8.9 正常

コルチゾール 3.91 L

 

 

喜びは束の間、体調が下降していた。

それでも昨年救急搬送された夏の状態まではいかなかった。

少し様子を見るのかな…と思っていた。

 

 

お父さん「じゃあ、もう治ったんで、もう来ないでいいですよ」

 

ねー「え?一日で一番コルチゾールが出ている時間帯に、規定の下限を切ってるじゃないですか。様子見るとかないんですか?」

 

お父さん「いや、先月も先々月も出てるし。正常値なんで」

 

初診の主治医の言葉を思い出していた。

 

メガネ主治医「あなたは病気ではないです。正常値なんで」

 

 

コルチゾールの下限は、病院で違ってくる。わたしの経験内でのお話ですが

一番高いところは、~6.3

一番低いところは、今の主治医の出身大学の~3.65

T医大は~4.0だった。

 

 

検査というのは一度ぐらい下限を切っても有意に低い(確実に低い)ということがなければ病気とみなさない事は多い。

今までの経過があっても、下限を切っても、紹介状もなく、とにかく来ないでいいよ、なんだな。かえってサバサバした。

 

 

この時、婦人科のオペのことを最後に確認した。


ねー「卵巣の摘出手術を別の病院の婦人科で受けます。その時、ステロイドカバーは必要ないんですね?」

 

お父さん「ないない、治ってるんだから。正常値なんだから」

 

 

医療不信が沸騰したT医大では、ある時期からずっと受診時の様子を録音している。
この時の医師の言葉はわたしのgoogle cloudで保存されている。

 

 

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2017(平成29年)/5月

 

S病院 婦人科

M医師

 

副腎皮質機能低下症は完治したと伝え、オペをお願いする。

ニコニコ「経過観察後、ステロイドカバーをしなくて良いと、主治医からの情報提供書をもらえない限り、うちではオペできません。ステロイドカバーの件がクリアーしても麻酔医がOKしないと…。つまり難しいということです。」


えーねー?

 

ニコニコ「T医大で切ればいいのに。なんでわざわざここなの?」

 

結構ラフに聞いてくる。若手のイケメン医師で常識的だった。

 

ねー「T医大の中のことはわからないけど。うちでは切らない方がいいって言われたんですよ」

 

ニコニコ「僕の後輩がT医大で婦人科にいるけど。もちろんオペもやってるけど。腕は確かだよ。オペを見ている。紹介したげようか」

 

ねー「とにかく、T医大でわけを話して聞いてきます」

 

 

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2017(平成29年)/5月

 

T医大

再診

ユースケ・サンタマリア医師

 

 

婦人科での話をする。


お父さん「なんでよ~あなたオペしなくていいでしょ、悪性じゃないんだから」

お父さん「あなたアナフィラキシーショック持ってるからさぁ~」

 

ねー?

 

 

わたしはこの時まで、プロハンス(頭部MRI造影剤)で起きたアナフィラキシーショックは特別なものだと思っていた。

造影剤を使わなければもう二度とならないと思っていた。

 

 

確かに、あのアナフィラキシーショックを起こしたことから

以前にスタチン系製剤の副作用で救急搬送された「横紋筋融解症」も、皮膚症状と呼吸器症状が出現していたことから、アナフィラキシーショックだったんでしょうね、というのは聞いた。

 

 

ただ、T医大で、新しい薬に気をつけなさいとか、何も指導がなかったので、もう起きないと思っていたのだ。

 


(いや、アナフィラキシーショック持ってるって言い方初めて聞いたねー)



ねー「わたしにステロイドカバーが要らないなら書いて欲しいんですけど」


お父さん「…」


お父さん「それがね~オペはね。オペはダメだと思う」


ねー「…」


ねー「先生、この前要らないって言ったじゃん」

 

お父さん「それはねぇ~要るのよ。それは要るの」

 


呆れてしまった。

なんでこの病院は、患者を拒否ろうとするんだろうか…

またこじれそうな空気を悟ってまとめに入った。

無駄な時間はないのだ。

 

 

K大学病院の応援医師の後輩が、T医大の婦人科にいるから紹介しようかの話をした。

 

 

お父さん「う~ん、そうなるかあ。でもオペしないでいんじゃない」

 

ねー「ステロイドカバーが必要な患者の卵巣嚢腫が8.5cm。捻じれたら副腎クリーゼ起こしますよね。搬送されるのは間違いなく経過からいってT医大ですね。先生忙しくなるよ。わたしは用意をして切ってしまうのがいいと思う」

 

お父さん「じゃあさ、S病院からどうしてもお願いします、って依頼される形を取りたいわけよ」

 

お父さん「お願いしますって書いてもらわないと…ね。いろいろあるのよ。」

 

 

もうなんだかここまでくると、どうでもいいから早く切り去って、新しい病院を見つけて、治療なり経過観察なりして、早く仕事がしたかった。

二度とT医大に係らないためにはもうここでオペしとくしかない…

どんな理由があるか知らないが、おまえらの理由など患者には関係ないのだ。

 

 

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2017(平成29年)/5月

 

S病院 婦人科

M医師

 

ニコニコ「えーなにそれT医大腐ってんなあw医師としてのプライドないのかね~。患者が困っちゃうじゃんそれじゃ。書いてあげるよ僕が。この前集まりがあった時、後輩に会ったから。それとなく話しておいたんだよ。」

 

 

あ~そう思うのが普通なんだなあ…
一人で応対していたから…なんか感覚が麻痺していた。

 

 

K大学は生粋のおぼっちゃま大学で。

集まりってなに?と興味があったので聞いてみた。

 

 

ニコニコ「K大学で医師同士、情報交換したりする会なんだけど。大抵は幼稚舎からの医師が集まるんだけど、後輩は大学からK大学で。そういう人は苦労するんだよね、T医大はそういう意味で行ったと思うよ」

 

 

と、話した。幼稚舎からの生粋の学生でないとバカにされるんだというのは聞いたことがあるけど。そういうカーストが医師にもあるんだなあ…
これがそうなのかあ…見たことないT医大の婦人科医がかわいそうになった。

底辺のものにはよくわからない構造。

とにかく書いてくれいねー

 

 

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いろんな医師の間をやりとりして、紹介状を整え、2017/6月初旬にオペが決まった。

ステロイドカバーの指示よし

婦人科のオペ前検査よし

 

 

麻酔科との面談があった

川平慈英のモノマネをする博多華丸さんを悪くした感じの先生。

 

 

華丸さんすまねえ…

 

 

この日までにT医大が抱える裁判のニュースによく出てきた麻酔科。

要らん好奇心が…

 

 

わたしのオペ前検査が押して麻酔科医との面談に5分遅れてしまっていた。気分を害されていたかもしれない。

 

 

たまたま部屋が暗く、メチャ低いトーンで面談が始まる。
指を顔の前で組んで、目だけこちらをギラギラと見ていた。

 

ニヤ「あなたが、他の病院から”できません”と紹介されてきた理由は知っていますか」

 

(T医大の医師がややこしくしたせいですけども…ねー)


ねー「わかりません」


ニヤ「あなたがアナフィラキシーショックを起こすからです」


ねー?(そればっかりとも思わないけど…)


ニヤ「あなたに麻酔をするのも、術中にアナフィラキシーショックを起こしても、救命をするのは麻酔科です。担当科ではありません。」

 

ニヤ

あなたにアレルギーが起きそうな薬を調べました。

オペは単純でリスクのないものですが、内視鏡を使ったオペは麻酔薬のアレルギーリスクがあってできません。

開腹手術となります。全身麻酔もリスクがあって使えません。

あなたには薬を選ぶことも、オペの術式を選ぶこともできません。

歯科で使用するキシロカインでアドレナリンを除いたものを部分麻酔してオペをします。

その麻酔は腰椎穿刺で入れます。わかりましたね。


このような感じでサッと終わってしまいました。

 

 

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M医師の後輩さんの医師、婦人科の医師、L医師の初診です。

L医師ゲッソリ

 

 

初診+オペ前のカンファレンスとなった。

 

ねー「オペ中に、心停止したら挿管しないでください」


ゲッソリ「それはできません。挿管しますよ。決まりなんで」

 

ねー(選べないんだ…)

 

ゲッソリ「オペ後は熱が出るんですけど…熱を出さないようにオペすることもできます」

 

ねー(それは選べるんだ…)


麻酔医から、薬と術式の種類は患者には選べないと説明されたことを話す。
M医師ゲッソリビックリ。

 

ゲッソリ「患者にそんなこと言っちゃうの。えーそうなの。麻酔科すごいなー」

 

そのあと、M先生の話や雑談をしている時、聞いてもいないのに


ゲッソリ「あの先生は幼稚舎組なんだよね…」

 

呟いたのが気になったけど…いろいろあるんですね。

でもわたしはどなたでもオペをしてくれるならうれしいですよ。

 

 

とにかく、麻酔医の地位は確固たるものらしい。

とにかくいろいろにサインして病院を出た。

 

 

帰りの電車で一日の出来事を反芻した。

意識があるのに開腹手術をするんだ

ということに今更ながらビックリ。

 


手や足を縫うとかと違うんだけど。

おなかを10cm近く切るのに喋れたりする状態。
もうまた観察の嵐になるでしょう。

 

 

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オペ当日

 

前日から入院して、朝徒歩でオペ室へ。

メチャクチャオペ室が多い。これは圧巻。素晴らしい。

オペ室の数からいって20室ぐらいあるかな。

 

 

オペ室が廊下の左右にズラっと並んでいたかと思うと、同時にできるからだろうか。
中心にオペ室があって、放射状にオペ室が並んでいるところもあった。

 

 

こんな時に急に、昨年夏の入院時に
「T医大で婦人科のオペはするな、するな」と言われたことを思い出す…

紹介されたから絶対大丈夫な気でいたけど…
執刀医のことだったりしてね~♪

周り周って結局、T医大婦人科で切られるわたしw
でも俎板の鯉。

どうにでもしてくれいねー

 


麻酔科医は以前あった時と全く違うテンションで明るかった。


ニヤ「さぁ~緊張しないで、僕が付いてるからね」

と肩をポンポンする。

 


腰椎穿刺する前に軽く表面を麻酔する。

そのあと、ヨード系の消毒薬で消毒

中心から外に向かってうずを巻くように消毒している。

慣れててメチャ速かった。

最近卒業したナースは、採血でもこの消毒方法を使う。

この入院で、初めてその消毒法で採血するナースに出会った。

 

 

貝のように丸まって、ナースが腰椎穿刺した。

硬膜外麻酔という麻酔法で。
術後も痛み止めを自分の尺度でボタン一つで入れられて楽な方法だ。

ここじゃないとダメ、という部分まで正確に針を入れるので、刺入した長さを計測していた。

キシロカインが身体に入ってすぐに嘔気が出た。


ねー「吐きたいのでガーグルベースンをください」


ニヤ「はいはい~精神的に不安にならない薬入れるよー。少し眠たくなります」

麻酔科医がルートからいろいろ入れていた。若干収まる。

 

薬を入れても、頭をジッとしていると気持ち悪さがこみ上げる。

なぜか頭を左右に動かしていると吐き気が収まったので、麻酔医に確認してオペ中ずっと左右に頭を動かしていた。

 

 

効いてきたかをテストしている。下半身のすべてが痺れて何も感じない。
笑うぐらい下半身が他人になっている。
オペを始めます、の寸前に執刀医が入ってきて挨拶してオペが始まった。

 


わたしの中では組織をえぐり取るようなオペではないので、腸にできたポリープを内視鏡でチョチョンとつまんで終わるようなイメージでいた。
(婦人科領域のオペをした人ごめんなさい)

また開腹するのも大変なので、両方取っちゃってください、と言ってたぐらい簡単に思っていた。
 

 

途中、左の大腿のつけねと腰骨が取れるぐらい引っ張られている感覚。


ねー「先生、足取れるよ」


ゲッソリ「へ~よくわかったね~卵巣って左の足のつけねの靭帯に付いてるんだよ。」


グイグイ


結構ぐいぐいしていた。

卵巣はこの時9cmぐらいになっていたらしい。

頭を下にしてオペ台が傾けられた。

 

 

あとから聞いたのだが、卵巣嚢腫の袋をおなかの中で切って。

内容物をいったんおなかの中にぶちまけてから。
お湯を入れて、オペ台を傾け、上に浮いてきた油(皮様嚢腫の中身)を吸い取る作業をしていたらしい。

 

 

この一回おなかにぶちまける方法をしない手術が、術後に高熱が出ない術式。
嚢腫を切らずに外に出さなきゃいけないので、傷口が大きくなるらしい。

 

 

ご飯を食べてうんちが出るまでの通路を「身体の外」とすると。
卵巣がしまわれている腹腔は「身体の中」、身体の中には普通は無菌状態なので。
そこに菌が入ると戦うから、免疫の力で高熱が出る…ということらしいです。

 

 

確かに、最近のオペは傷を大きくしませんね。

術後の経過が患者さんに取ってリスクが減って楽に経過するから。

でもさあ、オペの後にあんなに高熱出るんなら。
あんなに辛いと知ってたら…あと1~2cm多く切ってもいいんじゃない、と思ってしまう。

卵巣内に腫瘍がとどまっていて、内容物がこぼれずに取れる…

そういう人のみ可能な話ですが。

 

 

局所麻酔でも「寒い」というのはわからなかった。

オペ室は相当暖かかった。

でも胸から下を裸で放り出していたわけだから

かなり冷えたらしい

ICUに移される頃にはすでにガチガチの寒気が出た。

すぐに高熱が出る→翌日の朝まで41℃を超える発熱。

下半身が動かなくて体位を変えられないから

頭をエクソシストみたいにひっくり返してモニターをガン見した。

 


発熱しだしたらカーテン閉められて、ナースは点滴だけ替えにきていた。

忙しいの知ってるし、コールもしなかった。

なんだかそういう時、誰かと話したかったな。

ソルコーテフのせいかな。全然眠れなかった。

ステロイドカバーは、前日・オペ当日・術後2日まで

すべてソルコーテフ100(コートリル10錠分)を四日間投与して

その後スパっとやめました。

 

 

わたしは歯科の時もなかなかキシロカインが効かない。
歯科医は急いで効かせてサッと処置したいから

歯科医はアドレナリン入りのキシロカインを使う。

効かないので、ドバッドバ注射されてしまう。

後からメチャメチャ効いてくるんだけど。

 


わたしはそれで、頻脈になるのでただのキシロカインを今回使っていた。
ドバッドバ使っていたのかな…

翌日歩けないことをICUのナースに不審に思われた。
歩けるでしょうって。そんなものなのか。

 


術後2日目から急に両足が不全マヒ状態で車椅子で過ごしていた。

硬膜外麻酔の刺入位置から出血して、痛み止めが外に漏れていたらしい。

担当医師がいなくてなかなか抜いてもらえなくて

退院の2日前に抜いたら突然歩けるようになった。



麻酔が効きすぎていたせい?

ひとつも痛みを感じない。
退院まで、退院しても。発熱以外に辛いことは一つもなかった。
組織をねじり取るようなオペじゃないから、身体への侵襲がないのか。

オペ後、初めてうんちが出るのに一週間かかった。

 

 

退院前に内分泌のユースケ・サンタマリア医師お父さんの受診があったが

ソルコーテフがまんまんに入ってる時の血液検査から出たコルチゾール値を指して

 

お父さん「正常、正常」という

 

お父さん「僕ね、婦人科のLゲッソリ医師と仲良くなったんだ。あの人、いい感じの人で。」

 

よかったねねー

椅子に座らず、引き戸のとこに立ったまんま挨拶してすぐに帰った。

 

 

行きも帰りも電車で帰ったが、帰りはさすがにはあはあ言ってたけど

それでも家に帰れたからコルチゾールもそこそこ出ていたらしい。

 

 

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T医大にありがちな面白い事件があった。

 

 

オペ前に、病棟ナースが

 

お母さん「帰りに履いて帰るパンツに名前書いて持ってってねー」

 

…?ねー(開腹だから…病棟に戻るまでおむつしてると思うけど…)

 

とりあえず、靴にも名前を書けというのででっかく書いた。

 


ICUから病棟に戻って、わたしのパンツと靴が行方不明だという

探しても探しても無いのだという。

 


病棟に戻ってすぐに尿のバッグを取ってしまったので。

トイレに行きたくてしょぅがなかった。

点滴をバンバン入れてるので、痺れた下腹部でも膀胱が痛くなっているのがわかった。

ねー「あの…靴…」

と三回コールしたが、見つからないという。

 

 

朝、ICUから戻って、14時ぐらいまで待った。

 

ねー「もう裸足でもいいからトイレ行かせてください」

ナースが感染予防のキャップを二つ持ってきて

靴代わりにはいてトイレ行ってくれとのこと。

 

 

もう笑うしかないねー

チョコプラ長田の和泉元彌みたいに、ソロリソロリ~♪って、ズッて歩かないとキャップがどっか行ってしまう。

 

 

畜尿しろと言われていたのでカップで測ったが、1000ccを超えていた。
800ccの採尿カップだったけど、一回止めて…もう一回…みたいな。

こんなに尿を出したことがない!というぐらい出た。

 

 

後になって、尿崩症の人の一回の尿量が同じぐらいだとか

一日8リットル出るとか聞いて、あんなことが日常なんだ…と驚いて頭が下がった。

 

 

靴は術後四日目に、パンツは退院寸前で戻ってきた。

どこに行ってたんだい、名前付きパンツ。
保険の請求に診断書の請求をする。

 

 

二週間後に術後の受診を受ける。
問題なし。
さよならT医大。もう二度と来たくない。

 

 

 

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