夢の中
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タイトル未定 (A-3)

たとえ、親父が死んだとしても、誰の時間も平等に流れていく。葬儀の翌日は一緒に過ごしてくれた高科さんも、ヤクザな人たちには俺の都合なんて関係なく、事件を起こしてくれ、アッサリとそれに借り出されてしまった。親父が亡くなってから5日目。学校の公欠扱いは1週間らしいが、いつまでもボーっとしているわけにもいかない。

『ほしいものがあったら俺が家から持って来てやるから、倫はこの家から一歩も出るんじゃないぞ』

高科さんはそう言ってたけど、子供じゃないんだから・・・。俺は明日学校へ行くための制服と教科書を取りに二日ぶりの自宅へ戻る決意をした。

高科さんのマンションからまっすぐうちにまっすぐ帰るつもりだったけど、ふと、親父が殉職した場所をまだ見てなかったことを思い出した。親父の殉職があまりに突然のことで、それどころでなかったといえば、それどころではなかった。うちまであと1駅というところで、思い立って、電車を降りた。

現場は駅前にある商業ビルの前。白昼堂々の犯行だったらしい。犯人が狙ったのは親父ではなく、関東一円を束ねる山根連合会長 山根 永(やまね ひさし)だった。親父はとっさに山根をかばったということだった。山根がその場で亡くなったら、東京で戦争が起こると。それだけは避けたいという一心だったのでは?と桜木さんが教えてくれた。


現場には、花束やワンカップのお酒、煙草といった品が山のように置かれていたのですぐわかった。そんな現場をビジネスマンが何事もなかったかのように通り過ぎていく。世界中のどこかで、誰かが毎分ごとなくなっているんだ。親父もそんな一人・・・。

しばらく茫然とその場に立ち尽くした。

どすん。誰かにぶつかり、体が大きく揺れ、はっと自分を取り戻した。

「こんなとこに突っ立ってんじゃない、ボケ!」

気づいたら、3人のチンピラに囲まれていた。返事をしない俺に切れたらしい。

「なめとんのか!」

胸倉をつかまれ、相手の男が右腕を挙げた。ああ、殴られるか、と思ったその時、

「やめろ」

一言、背後から声が聞こえた。向かいのチンピラの顔が一気に青ざめるのがわかった。慌てて、掴んでいた俺の洋服を手放すので、振り返ってみると、堅気ではないとひと眼でわかるほど、異様なオーラを放った男がそこにいた。

「ふ、藤城さん・・」

「うちのシマで素人に手を出すとはそれなりの覚悟はできてんだろうなあ」
「い、いや。。違うんです。じゃあな、坊主!」

3人組のチンピラはあっという間に俺の前から姿を消した。そして、俺の前にはさっきのチンピラが可愛く思えるほどの男が立っていた。
藤城と呼ばれた男の後ろには5、6人の男たちがいた。そのうちの一人が俺のそばへやってきて、

「けがはありませんか?」

と言いながら、先ほどのチンピラにつかまれて乱れていた服を直してくれた。
あまりの急な展開に、何と答えていいのか・・・。

「大丈夫ですか?」

もう一度聴かれてようやく声を出すことができた。

「はい。大丈夫です」
「それはよかった。すみませんね、あんなチンピラを野放しにして」
「いえ・・」

俺に声をかけてきている男は物腰は柔らかなものの、色のうっすらついた眼鏡をかけた眼光の鋭い人だった。

「親父さんの参りか」

一番偉いだろう男が言った。え?俺はその男を見る。

「相澤刑事の息子さんですよね?」

眼鏡の男が念を押す。この人たち・・・。その時、ようやく高科さんの言葉がよみがえってきた。

『ほしいものがあったら俺が家から持って来てやるから、倫はこの家から一歩も出るんじゃないぞ』

桜木さんは一体何と言っていた?

『倫くん、これからのことだけど・・・しばらくは君のことを警察で保護させてもらうからね』


でも、こんな白昼堂々と?あ、でも、親父も白昼堂々と射殺されたのか。そう思うと、急におかしくなった。

タイトル未定 (A-2)

そして、気付いたら・・・知らないベッドに寝ていた。しかも、パンツ一枚で・・・。おまけに、その隣には同じくパンツ一枚で寝ている高科さんが居た。

「んー・・・起きたのか、倫」

少し長めの前髪がうるさいのか、高科さんは目をこすりながら、その前髪をかきあげた。

「ど、ど、ど・・・」

「ど?」

「ここどこ?!」
「俺の家」
「どーして俺が高科さんの家にいるの?」
「桜木さんとジャンケンして勝ったから」
「はあ?!」
「あの人、弁護士資格持ってるくらいの秀才なのにさ、じゃんけんは最初のグーの次にパーしか出さないんだよ」
「言ってる意味がよくわかんないんですけど・・・」
「馬鹿だなあ倫は。パーしか出さないんだからチョキ出せば勝てるんだよ」

ははは、と高科さんは豪快に笑う。いや、俺だって、パーに勝つのはチョキだって知ってるって・・・。

「そー言うことじゃなくって!どー・・」

ぐうぅううう。

地を這うような大きなお腹の音が鳴った。鳴らしたのはどうやら俺らしい。

カアァアアア。

自分でも自分の顔が真っ赤に染まるのがわかった。すると、高科さんは一瞬びっくりしてすぐに満面の笑みを浮かべて俺を抱きしめた。

「よかった~」

そしてまだ髭をそっていない顔を俺のほっぺにこすり付けてきた。

「い、痛いよ・・・」

デジャヴ・・・。

「もう二日も何も食ってないだろ、倫。何食べたい?とりあえず、軽くお腹に入れて外にメシ食いに行こう」

頭をくしゃっとなでられ、「ベッドに何か持ってきてやるからもう少し横になってな」と言って高科さんはベッドから出て行った。

そして再びトレイを手にして戻ってきた高科さんはベッドに腰掛けると俺にそのトレイを渡した。トレイの上にはホットコーヒーとトーストが乗っかっていた。

「悪いな。ここんとこ、署に寝泊りしてたからロクなもんがなかった」

それでも、溶けたバターのいいにおいがして、俺のお腹は再度悲鳴をあげた。

「あ、ありがと・・・」

とにかくお腹がすきすぎて思考が出来ない俺は出されたトーストにかぶりついた。半分くらい食べたところで、視線を感じ、ふと顔を上げると、高科さんがじっと俺のことを見ているのに気付いた。

「高科さん?」
「ああ、よかった。ちゃんと食べてる」
「お腹がすいたら俺だってちゃんと食べるよ?」
「うん。そうだな」

そういってまた愛しそうに見つめられた。その視線の意味がよくわからなくて、残り半分のトーストの味はイマイチよくわからなかった。

少しお腹に何か入ると、俺の頭もだんだんとしっかりとしてきた。刑事だった親父が殉職したんだった。

「・・・・・」
「倫?」

いきなり黙り込んだ俺を心配して高科さんが声をかけた。

「うん」
「大丈夫か?」
「うん」
「しばらくはここでお前を預かることになったから」
「うん」
「倫・・・」
「うん」
「倫・・・」

高科さんは黙って俺を抱きしめてくれた。まるで親父が俺を抱きしめてくれているみたいだった。



タイトル未定 (A-1)

失ってから、それがどんなに大切だったのかわかったとして、一体、何の役に立つというのだろう。


『倫~、俺、今日は筑前煮が食べたいな』
『何言ってんだよ、平日から・・・筑前煮って作るのに時間がかかるんだよ?』
『具材はもちろん生から作ってくれよ。水煮したのはヤだからな!』
『ぜーたく言うなよ!俺だって学校があるんだから』

甘える親父をきっと睨むと、きゅうーんという泣き声が聞こえてきそうな感じで、うなだれた。その姿、親父が追い詰めている犯罪者に見せたら、きっと見ものだろうな。

『いつ、殉職するかもしれない身で、これが最後の筑前煮になるかもしれないのに・・・』

う・・・。こいつは・・・。事あるごとに殉職を持ち出しやがって!お前が弾に撃たれて死ぬタマかってんだ。

でも、危険と隣り合わせなのは事実だ。親父は警視庁特殊捜査班の一人だ。容疑者が立てこもったりすると、真っ先に体を張って突入したりする。

『わぁあったよ。作るよ、作ればいいんだろ?』

しぶしぶ承諾すると、親父は満面の笑みを浮かべて俺に抱きついてきた。

『サンキュー、倫ちゃん~』

面倒くさがりの親父はきれいに顎鬚をそらない。ごわごわした顔を俺に無遠慮にこすり付けてくる。

『いてええよ!』
『照れるな、息子よ』

ますます図に乗ってくる親父から体を引き剥がし、『遅刻するからガッコに行く』と玄関のドアを開けた。

『車と危ないヤツに気をつけてな』

東から差し込む朝日を浴びてかすむような親父の姿をチラリと一瞥し、『行ってくる』とぶっきらぼうに言い捨てて玄関のドアを閉じた。

これが親父との最後の会話になるとも知らず・・・。


知らぬ間に上座に座らされ、弔問客からお悔やみの言葉をもらう。小2で母親をなくしたとき、俺のそばには親父がいた。普段、涙を見せない親父が肩を震わせながら泣いていた。その姿があまりに可哀想で、俺は一生懸命親父を慰めた。

『パパ、泣かないで。僕がいるじゃない』

母親が亡くなって俺自身もすごくショックだったけど、ヤクザ相手に対等に渡り歩いている父親の涙の方が俺には数倍もショックだったんだ。だから、とにかく親父を慰めたくて、ただそれだけだった。


こうして再び、肉親の葬式に臨むにあたり、今回も涙が出ないのはどういうことなんだろうか。あの時は親父がそばにいた。でも、その親父ももういない・・・。

台所の上にはあの日、親父が食べたがっていた筑前煮がそのまま残っている。


「う、うちは無理だわ。だって、子供が3人もいるのよ」
「それでもお前のところは一軒家だろ。うちなんか公団の2DKに家族4人暮らしなんだぞ」
「でも、まだ未成年なんだから誰か引き取らないと・・・」

葬式が終わり、近所の人が居なくなった途端、親族のおじさんやおばさんたちが俺を誰が引き取るかでもめている。誰も世話になりたいと思ってねーから安心しろってんだ。

普段の俺だったら、即効言い返してるところだけど、さすがに今回のコトは俺も堪えた。堪えてるけど、親父がもう二度と俺にちょっかいかけてこないってことには実感がわかない。

「何考えてんだ、あんたら!」

びっくりするような大音量の怒声に思わず俺は振り返った。そこにはヤクザ相手もにも一歩も引くことのない、鋭い眼光の高科さんが素人相手にガンを飛ばしていた。親戚のおじさんやおばさんは一気に青ざめたようで、あたりは水を打ったように静まり返った。

「おい、高科、素人さん相手にガンとばしてんじゃないよ」

そんな沈黙を同僚の桜木さんが破った。

「桜木さん!」
「お前の言いたいことはわかってるさ」

ぽんぽんと高科さんの肩を叩くと、桜木さんは俺のところへやってきた。

「倫くん、これからのことだけど・・・しばらくは君のことを警察で保護させてもらうからね」

ヤクザの報復があるかもしれないから、と桜木さんが言ったところまでは理解できたけど、その後の記憶が俺にはない。