2019年9月29日
難聴が進行しているみたいだ。
母タンの声は、かろうじて聞き取れるけれど、ポン子の声が聞き取りにくい。
まだ幼いから、舌足らずということもあるのかな。
ポン子が、何回も同じことを言っているのに、内容が分からない。
ポン子が癇癪をおこしそうになった時、母タンが内容を教えてくれた。
半分、怒ったようにだ。
これには、怒りを覚えた。
母タンもイラつくだろうが、それ以上に自分自身がイラついているのだ。
聞き取ろうと思って、必死になっているのに・・・。
もう少し、労わってもらえないかと怒鳴ってしまった。
ポン子が泣いてしまった。
「怒らないで」と言いながら。
激しく自己嫌悪してしまった。
こんな自分は居ない方がいいと呟(つぶや)いた。
それを、ポン子が聞いていたようだ。
涙ぐみながら、居なくならないでと言う。
その一言で、母タンに謝りにいった。
怒鳴ってごめん。
本当に聞き取れないのだ。
謝って母タンと和解した。
ポン子も、涙をふいて安心したようだ。
その後、居なくならないでと、また言われた。
涙が出そうになった。
ポン子の一言に救われた。
こんなポンコツでも、居ないよりはマシなのだろう。
そう思えるようになったので、この文を書いている。
今までも、聞く事はストレスだった。
ついに、今晩ストレスが限界を越えてしまった。
中途半端に聞こえるから、妻子に迷惑をかけるのだ。
いっその事、まるっきり聞こえなくなったほうがいいのではと思ったりもする。
手話を覚えればいい訳だし。
先程、初めて音のない世界を想像してみた。
そうなったら命の危険は今より増すだろう。
居なくなればいいと言っておきながら、命の危険性を危惧する自分に呆れる。
ぼやいてばかりもいられない。
ポン子のためなら、明日から頑張れる気がする。
以上は、2年ほど前の手記です。
聞こえなくなった頃は、ウツになりかけました。
自分をこの世から抹殺したいと思う時もありました。
今はだいぶ聞こえない事にも慣れて心も安定しています。