モチベーションや新しい知識を与えてくれる相手はすごく大事だと思う。何もかもが真新しくて新鮮だった昔とは違い感覚も感情も感動も鈍る。
あの映画の方がよかったな、
あそこの海の方が綺麗だったな、
あそこの料理の方が美味しかったな、
あの頃は自分の知らない知識、情報全てが面白くてなんでも知りたかった。
どっかの哲学者の言葉、
どこかの国の政治状況、
統計学の計算の仕方から人の人生まで。
でも今はちょっと聞いて理解できなければすぐ諦める。自分のフィールドじゃないと思ったら頭に入って来なくなる。
失くしたものを美化してるだけなのだろうか。
だからキラキラ情熱に燃えてる人や、一つのことにひたむきに向かい合ってる人、一つのことを追求してる人、何かを成し遂げた人に会い、こんな人もいるんだ、わたしも頑張ろうと思えることは大事だ。
それを得る為なら初めての人の集まりにも頑張って行こう。どこにlife changing eventがあるかなんてわからないから。
頑張ったわたしを今日は褒めようと思う。
私たちが当たり前だと思っている価値観、習慣や善悪の判断が必ずしも大事だとは限らないと最近思う。
自分が思う「家族」が全ての人に共通のものではないということは高校のときに知った。家族、家庭が安全、安心を感じられる場かどうかは人により異なる。同じ「家族」という言葉でも実際に経験してきたことや背景により定義が異なりイメージが異なり解釈や抱く感情が異なる。高校卒業後にアメリカに行って今まで自分が思っていた「常識」が世界中で共有される物ではないと知った。家に入る時に靴を脱ぐという習慣から「頭がいい」という定義まで。そして、大学の授業にて時代背景による法律、文化、常識の変化も学んだ。平和が善で戦争が悪という考えもずーっと普遍的に存在していたわけではない。
今回は最近考えることがあった「一夫一妻制」、浮気、不倫について焦点を当ててみる。人は適齢期で1人の異性と結婚し、家族を築き1人を愛することが当たり前、善と考えられている。実際私も今まで浮気、不倫に関して凄く嫌悪感を感じていた。「流れで…」という言い訳も理解が出来なかった。
しかし、今の時代にも一夫一妻制ではない国がある。そして、人間の長い歴史や人間が生まれた前からの長い地球の歴史を考えてみると一夫一妻制自体がとても特殊なものだとわかる。とすれば、この価値観を頑に大事に守ろうとすることに一体どのくらいの意味があるんだろう。それはわたしの人生にとってどれだけプラス、マイナスになりわたしという人間にどんな付加価値を与えてくれる物なんだろう。結婚していない、彼女もいない人を好きになれてその人と上手くいけばそんなに幸せなことはないだろう。ただ、滅多に人を好きになれない人だったらたまたま好きになった人が既婚者、付き合っている人がいてその人が自分を好きと思ってくれるならその人と付き合った(もしくは関係を持った)としてそこまで非難されないといけないことではないんじゃないかと思った。わたしが今まで出逢ってきたこの「ある種の男性(女性もそうなのかもしれない)」の考えの根本には今が楽しければいいという考えがある。既婚であることを隠す人もいれば問われれば答える人もいる。こういう人は概して奥さんや家族を大切にする。そういう人と関係を持ったところで明るい将来と一般的に考えられいている結婚があるわけではない。しかし、自分を肯定してくれて、今の自分の人生に色をつけてくれて、影響を与えてくれて幸せを感じさせてくれるならそれもそんなに悪いことではないのではないかと思ったりする。恋愛感情だけでなく、話すと人生の先輩として学ぶことが沢山ある。同い年の友達から得られない充実感を与えてくれる。何もなく人生が終わることを考えると何かあった方がいい。一般的に「失敗」と見えても自分の糧になることは沢山ある。そして経験の量、幅、深さによって人は作られると思う。アップダウンがあってこそ人生。
ただ、同時にこの価値観を持って今まで生きてきた「自分」を否定するような気がして足を踏み入れられない。この価値観をなくすことで何か大事な部分が変わる気がする。その変化が悪いことなのかどうか。
もちろん今法律で禁止されていることはやるべきではない。殺人や盗みや不倫。でも法律は完璧ではないし、間違っていることもある。もとは誰かの利益のためにできているものだ。多くの人が気持ちよく生きるための規律、防御線のようなもの。でも世の中に100%善い、悪い、正しい、間違っていることなんてない。不倫が善だとは言わない。言わないけどだからといって悪だと思えなくてもそれも間違ってないと信じたい。
松浦弥太郎という編集長の方の本ですが、ポイントを得ていてすらすら読めて好きでした。
私は今26ですが、やはりこのくらいの歳で自分のこれからの人生について考える人は少なくないんだなと思った。まぁ何歳でも考えている人は考えているし、考えない人は考えないのだが、周りが結婚したり、子供ができたり、1回目の転職をしたり、、、そんな時期なのかなと思った。
著者の高校ドロップアウトからの渡米、アルバイト、起業、という波瀾万丈とも言える人生は、ただ単純にすごいと思う。転職活動中の私はいろんな人からのアドバイスで混乱したりすることも多く、「派遣からは正社員になれない」だったり、「次の職からの方向チェンジは難しい」等の一般論を自分に当てはめたくないと感じながらも無視出来ずにいる自分にとっては松浦さんの言葉は当たり前のことを言っているのかもしれないが心に響いた。
ポイント1「世の中の多くの人は、いつも誰かを探しています」
ポイント2「人はいつも、自分を助けてくれるものを探しています」
ポイント3「収入とは、人に与えた感動の質量に比例するものです」
何も人生も就職も大きな波に乗らなければいけないものではないし、正しい道筋があるわけでもない。いつどこで運命的な出会いをするかなんてわからない。
ただ出逢った時に「呼ばれる存在」であることが大事だ。
そうなるために日々自分を磨くべきである。
ただ、方法はそれぞれだと。
松浦さんが記した50のうち、中でも私が一番今の自分の為になったことは
17 「やりたくないことはなにか?」
である。
やりたいことがわからない時はやりたくないことが何かを考えればいい。
ここまではよく聞く話だ。
だが、私が感銘を受けたのはここではなくて
松浦さんが自分の芯が何かをやりたくないことはなにか?の問いからの延長線上で
見つけて明示したところだ。
自分の「芯」が何かと考えることが多い私にとってすごく偉大な存在になってしまった「芯」だったが、こんなことが芯でいいんだ!という驚きがそこにはあった。
失礼かもしれない言い方だが、「芯」という言葉を過大評価していた気がした。
私の身の丈に有った「芯」は「誠実、心の自由、学習欲」くらいでいいのかなと思えた。
何かを始めるのは大切だが覚悟をもって一歩踏み出さなきゃいけないことなんて何もない。
何がどう繋がってるとか繋がってないとか難しいことを考えるのは辞めよう。
そもそも私が欲しいものはお金や地位ではないのだから。
私は今26ですが、やはりこのくらいの歳で自分のこれからの人生について考える人は少なくないんだなと思った。まぁ何歳でも考えている人は考えているし、考えない人は考えないのだが、周りが結婚したり、子供ができたり、1回目の転職をしたり、、、そんな時期なのかなと思った。
著者の高校ドロップアウトからの渡米、アルバイト、起業、という波瀾万丈とも言える人生は、ただ単純にすごいと思う。転職活動中の私はいろんな人からのアドバイスで混乱したりすることも多く、「派遣からは正社員になれない」だったり、「次の職からの方向チェンジは難しい」等の一般論を自分に当てはめたくないと感じながらも無視出来ずにいる自分にとっては松浦さんの言葉は当たり前のことを言っているのかもしれないが心に響いた。
ポイント1「世の中の多くの人は、いつも誰かを探しています」
ポイント2「人はいつも、自分を助けてくれるものを探しています」
ポイント3「収入とは、人に与えた感動の質量に比例するものです」
何も人生も就職も大きな波に乗らなければいけないものではないし、正しい道筋があるわけでもない。いつどこで運命的な出会いをするかなんてわからない。
ただ出逢った時に「呼ばれる存在」であることが大事だ。
そうなるために日々自分を磨くべきである。
ただ、方法はそれぞれだと。
松浦さんが記した50のうち、中でも私が一番今の自分の為になったことは
17 「やりたくないことはなにか?」
である。
やりたいことがわからない時はやりたくないことが何かを考えればいい。
ここまではよく聞く話だ。
だが、私が感銘を受けたのはここではなくて
松浦さんが自分の芯が何かをやりたくないことはなにか?の問いからの延長線上で
見つけて明示したところだ。
自分の「芯」が何かと考えることが多い私にとってすごく偉大な存在になってしまった「芯」だったが、こんなことが芯でいいんだ!という驚きがそこにはあった。
失礼かもしれない言い方だが、「芯」という言葉を過大評価していた気がした。
私の身の丈に有った「芯」は「誠実、心の自由、学習欲」くらいでいいのかなと思えた。
何かを始めるのは大切だが覚悟をもって一歩踏み出さなきゃいけないことなんて何もない。
何がどう繋がってるとか繋がってないとか難しいことを考えるのは辞めよう。
そもそも私が欲しいものはお金や地位ではないのだから。
