ブログを開設して2週間が経ちました。
毎日たくさんの方に読んでいただき、嬉しいです。
ありがとうございます。
先日、ブログを読んでくれた友人から、「怒りが伝わってきた」と感想をもらいました。
しかも、母に対しての父の裏切りについてではなく、私自身が募らせてきた父への思いを、この問題を機に爆発させているのだろうと。
はっとしました。
文字にして思いを書くと、整理される部分もあるし、言葉の裏側にある部分をどう伝えようか考える。
そうやって書き出している文字には確かに、私の怒りが凝縮されていました。
まだ始めて2週間ですが、だんだんと、自分を客観視して見れるようになってきました。
客観視してというか、パソコンの中にいる、怒りや悲しみを抱えている自分を、パソコンの外から眺めているような気持ちです。
これが正解なのかどうかはわかりません。
でも少し、楽になった気がします。
私は、自分と家族との関係について、なんとなく蓋をして、見ないようにしてきました。
大学生になって初めて一人暮らしをして、親元から遠く離れた時、父親との関係がおかしいことに気が付いた。
でも、周囲の友達はちゃんと愛されて、むしろ母よりも父に大事にされて育っている女の子たちばかりでした。
だから、ねじ曲がっていたけれど、それもまたひとつの愛情だったのだと考えることにしました。
大学生から28歳になるくらいまでは、そう考えることで自分を抑えることができていたのだと思います。
私は、覚えている限り、6歳から18歳になるまで、事あるごとに父親に手をあげられて育ちました。
改めて思い返すと「虐待」とは言わないけど「しつけ」というレベルではなく、手元にあった空き缶やテレビのリモコンを投げつけられることに始まり、平手打ち、蹴り。
時には、正座させられている状態で胸元にかかと落としをされて、呼吸ができなくなったこともあります。
その蹴りを避けて、部屋の扉に穴を開けていたこともあったので、その威力はけっこうなものだったと思います。
記憶の中で、なんで怒られたのかなんて、ほとんど覚えていません。
ただ殴られた。蹴られた。寒空の中に放置された。
そんな場面しか思い出せない。
30歳を過ぎて母にその時のつらさと、父への怒りをようやく伝えると、「しつけだったと思う」と言われました。
自分の何が悪かったのかをさっぱり思い出せないのに、それでしつけと言えるのでしょうか。
この時期になると思い出すのですが、中学生の頃、X Japanのhideが自殺をしたというニュースをテレビで見ました。
特別ファンだったとかではないのですが、葬儀場に押し寄せるファンの人たちが泣き叫び、中には後追い自殺をしようとした人がいたことを知って、ふと、私は泣いていました。
その時に重ねていたのは、数ヶ月前に自殺した、可愛がってくれていた父の友人のこと。
明るく、友人も多く、とても優しかったその人は、ある日突然、自宅で首を吊りました。
その時のやるせない気持ちや、残された家族の憔悴しきった様子が目に浮かんで、涙が止まらなくなりました。
すると、たまたまリビングにいた父が、キレました。
「何泣いてんだ! そんなしみったれた顔してるんだったらてめえも葬式に行け!」
手元にあったリモコンを思いっきり叩きつけられ、私は呆然としました。
その真意は伝わっていなかったとしても、人の死を悲しむ娘に対して、この人はキレるのかと。
さすがに中学生にもなれば、それが感覚としておかしいことはわかります。
私は黙って、部屋に戻りました。
それからというもの、父がリビングにいる間はできるだけ部屋にこもって、顔を合わせないようにしていたのを覚えています。
(それでも、鉢合わせしてはキレられていたけど)
「お父さんなんか大っ嫌い」
そう言葉にするのに20年近くかかりました。
そしてその言葉を直接本人にぶつけることは、もうないのだろうと思います。
それが今、無性に悔しいです。
だからこうして、ブログに書きます。
なんだか変なタイミングの投稿ですが、今、こんな気持ちです。