「智美様

本当に本当に、この40数年ありがとうございました。
そして、お疲れ様でした。

思えば、よくぞうちに嫁いでくれましたね。
わがまま亭主と、とんでもない姑に挟まれて、何度となく限界を超えたことでしょう

 

それでも智美さんは、今日まで我慢を重ねてきてくれたのですね。
今更ですが、心底、御礼申し上げます。
本当に有難う御座いました。


俺が、もっと早くから気づいていれば、本人の口からプレゼントがほしいと言わせないようにできたのに。
ごめんなさい。

40数年にして、プレゼントをするのは初めてですね。
申し訳御座いませんでした。勘弁してください。

これからの生活のほうが、今までより短いとは思いますが、智美さんが、いくらかでも、納得できる人生を送れますように、努力していきます

浩一郎」

 

チーンチーンチーンチーンチーンチーンチーンチーンチーンチーンチーンチーンチーン

 

母の誕生日から5日後、頼んでいた時計が届き、プレゼントと共にこの手紙が“置いて”あったそうです。

しかも、Wordか何かで打ってプリントアウトした、なんとも味気ない1枚(手書きじゃないとダメだなんて言わないけど、ねえ、、、?)。


このよそよそしくて、取り方次第では最後の手紙とも読める文面に、私と妹はただ、父を非難することしかできませんでした。

母は最初、そんな私たちたちに対して、

「いいんじゃない。私の納得できる人生が、これから始まるんじゃないかな」

なんて、またもや明るく振舞ってみせました。

「努力していきますって、まだ一緒にいるつもりなのかな?
まあでも、よくわかったのは、愛はないってことだよね。
ただの謝罪の文章」

それでも、やっぱり、明るい母にも“限界”があった。

「仕事柄、謝るなんて朝飯前だろうからね。
終わったよ、まじで。
毎日が我慢だったし、今なんて最高に我慢してる。
限界。悔しい

このLINEがあったあと、堪らず電話をしました。
母があんなにも声をあげて泣いていたのは、初めてだったかもしれません。

「今日はダメだ 。ごめんね」

父は、どんな気持ちでこの手紙を書いたのでしょうか。

あの人は、人の40年をなんだと思ってるんでしょう。


父のために尽くすばかりで、自分のことはいつも後回しにしてきた母に対して、愛情のカケラもありません。

やり直したくたって、もう40年前には戻れないのに。

こんな内容なら、書かないほうが1000倍マシだった。


そして、母が泣きながら手紙を読んでいた頃、父は寝室にこもって再び不倫相手とメールのやり取りをしていました。