そもそも、なぜ自分が心の病になったのか
ちょっと考えてみた。

テレビで見たんだけど、スキージャンプの高梨沙羅が、一時期すごいスランプに陥って、全然結果が出なかった時期があったそうだ(>_<)

知名度が上がり、人気が出て、道を歩けば誰もが、

「沙羅ちゃん、沙羅ちゃん❤️」
「沙羅ちゃん、頑張ってね❤️」

と、言われるようになった頃、突然スランプに陥った。

頑張っても頑張っても、練習しても練習しても、結果が出ない(>_<)

いや、むしろ頑張ろうと思えば思うほど、良い結果からは遠ざかっていったらしい(>_<)

そんなどうしようもない、スランプのぬかるみにどっぷりはまって悩んでいた頃、ある一冊の本に出会って、まるで霧が晴れていくように心が楽になったそうだ。

それは、「嫌われる勇気」という本らしい。

アドラー心理学の教えを、岸見一郎さんという人が、分かりやすく解説した本らしい。

その本の中の一節に、特に心を揺さぶられたそうだ。
その一節とは、

「誰かの期待に応えるために生きてはならない」

という一節。

人は、本来、自分のために生きるのであって、誰かの期待に応えるために、生きているのではない。
誰かの期待に応えるために生きていると、色々と弊害が出てくるそうだ。

自分以外の誰かのために生きるのは間違いで、

誰かの期待に応えようと躍起になって生きる時、色々なことが上手くいかなくなるらしい。

そして、沙羅ちゃんは、皆の期待に応える為に生きるのはもうやめようと、私は私のために生きるのだと、そう決めたらしい。

その時から、どんどん良い結果が出るようになって、スランプから見事抜け出したらしい。

見ていて、ものすごく府に落ちました。
心にストンと落ちるものがありました。

なるほど(-_-)

自分が、心の病になった原因が分かったような気がしました、

私は日本人で、主人は韓国人。

主人の親は当然、同じ国のお嫁さんが欲しい。
どうしても欲しい。

それは、日韓の過去をさかのぼって考える時、ごく当然の感情で、当たり前の感情で、私にも今ならそれは分かります。

お嫁にいった当時は、若干二十歳で、まだまだ子供で、頭もそんなに良くなかったから、正直、姑、舅の気持ちが分からなかった(>_<)

だから、なんてひどい人らや!!
恐ろしい人らや!!
と、思っていました(>_<)/~~

私に、知恵が無かったんですね。

(それを差し引いても、若干やり過ぎだと、今も思っていますが…)

でも、私はどれだけ嫌われていても、本当は主人の親に好かれたかったんだと思います(>_<)

いい嫁さんもらった~と、言わせたかった(>_<)

なんせ、筋金入りの負けず嫌いですから(^-^)

それに何より、大好きな主人の両親ですから、好かれたい、仲良くしたい…と思う気持ちは当たり前ですよね?

だから、何が言いたいかと言うと、最初に頑張り過ぎてしまった訳です。

自分の器以上に(>_<)

自分の器が、おちょこほどしかないのに、それ以上に頑張ってしまった(>_<)

当然、主人の両親は私に、どんぶり鉢ぐらいの期待を寄せていた訳ですから、でも私はおちょこですから、寄せられた期待は
(期待を水に例えたら)

当然、溢れだしてしまいます(>_<)

その溢れた分が病気となって、自分に返ってきてしまったのかも知れません(>_<)

私は、主人の両親の期待に応えようと、躍起になってしまった。

初めから日本人ということだけで嫌われていたから、これ以上嫌われたくなかった(ToT)

負けた、負けた、あんたはいい嫁さんや…と言わせたかった。

でも本当はそこで「嫌われる勇気」を持つべきだったんだと思います。

嫌うなら嫌えと。
私はこれでも精一杯、やっているんだと。
私は、自分の人生を生きているのであって、あんたらの期待に応える為に、生きているのではないと。

沙羅ちゃんのことから分かるように、誰かの期待に応えるために生きるのではなく、自分のために生きることで、結局、自分も周りも幸せになる…。

あ~あ、あの若干二十歳の時に、これを知っていたらな~。

もしかしたら、病気にならなかったかも知れない(>_<)

自分をもっと、幸せにしてやれたかも知れない。

主人をもっと、幸せにしてやれたかも知れない。

姑、舅をもっと、幸せにしてやれたかも知れない(>_<)/~~

大事なことは、いつも過ぎてからわかるんですよね(>_<)

でも、私の人生、まだ少しは残ってる。

これからは、誰かの期待に応えるためではなく、自分のために毎日を生きよう(^-^)

そしたら、病気も治るかな?

遅すぎることはないですよね?