信長の甲州征伐で、砂城のように崩壊した武田家。
笹子峠をふさがれた勝頼は、
天目山を目指して落ちのびようとしたが、
織田軍に捕捉され、
景徳院で自害、武田家が滅びる。


土砂降りの雨の中、天目山を目指す。
今でこそ日帰り温泉があるものの、
当時は、馬に乗れない隘路山道であったに相違なく、
女を連れた勝頼が織田軍に追いつかれ、
途中の景徳院で自然の自害となったのであろう。


京さんぽ日記 改め 今日さんぽ日記

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境内には、
上杉禅秀の乱で敗れて天目山で自害した、
勝頼の先祖、武田家13代当主、武田信満の墓があったが、
高さ103センチの小塔でびっくり。


先祖の信満の墓があるから、勝頼は天目山を目指した、
あわよくば、天目山経由で、
奥多摩か秩父に抜けて武田家再興を図る所存に相違ない。



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それよりもビックリは、石庭。
富士山で崩れ沢か?
自然の巨石を、さも作庭したかのような造形。
座禅石として、この山奥に天目山栖雲寺を建立したんやろな。
京都・鎌倉の禅寺にはない、雄然さがあり。
紅葉の季節に、再訪いたしたし。