溶けて泣いて | 市橋直歩オフィシャルブログ Powered by Ameba

溶けて泣いて

観る前から思ってた、ぜったいこれは観たら書きたくなってしまうだろうってこと。

ちょっとだけ観ようと思ったのに気づいたら最後まで観てた。

泣きそうになってもできるだけ堪えようと思ってたのに、嗚咽をあげて泣いていた。
自分の泣き声というより、泣く音がうるさく思うくらいに

想定していたことも多かったのに、分かってたのに、愛おしくて泣けて泣けて。


大人になってもちっとも完成なんてしてない。
歩いてきた道の分だけ偏ってて、凸凹してて、傷ついてて。

その不器用さが、至らなさが、愛おしくて。

みんなダメダメじゃん。

ダメダメなんだよ、きっと。みんなどこかは。
でもそのダメさが心に刺さる。
グッとくるんだ。

愛ってなんだろうって、愛されてたのに愛してたのに。彼がしてきたこと、言ってきたこと、ただ聞いただけなら決していい夫ではなかっただろうね。

でもさ、ふたりは合わさって、しあわせだったんだろうなって。

明日も明後日も、あると思ってたんだ
我儘をしたり、ないがしろに扱ったりすることが甘えだとして、その甘えに愛情がないなんて誰が言えるかな。
愛してて、愛されてると思うからこそ、今、大事にしてあげられない。そんな人だってきっといるんだよね。


商店街を歩いてて、手が伸びてきて、ふたり手を繋いで歩くシーンがすき。


さくらは愛して愛して、なんて素敵な人なんだろう。

俊ちゃんは不器用で、身勝手てで、でもどれだけ愛してたんだろう。

あああぁ、なんだこの映画、最高じゃないか。


なんどもうやめてと思ったか、もうこれ以上やめてと。
息が苦しくなるほどに泣いて、顔が痺れそうだった。

でもね、この涙にはひとつも負の要素はないんだよ。
苦しくて、切なくて、悲しくて流れてるわけではなくて、ただ、なにか心の中の凝り固まってたものが溶けていくみたいなそんな涙。

自分で、自分の反応が信じられないくらい、勝手に大泣きしてた。壊れたみたいに。

今度は愛妻家

愛おしくて、愛すべき。
愛されてるしあわせと、深く愛せる人がいるしあわせ。
未熟だからこそ、愛がある。何かが溶かされる、残るのは優しい後味。