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第二十五章(マックの立ち飲み席にて)

「ねえ、春くん。……友達以上になってほしい」

その言葉が落ちたあと、
しばらくのあいだ、ふたりの間に沈黙が流れた。

春は、
ホットコーヒーのカップを両手で包み込むように持ち、
一口、静かに口に運んだ。

“あたたかい。
でも、それ以上に、
この言葉の重さが、胸の奥にじんわりと広がっていく。”

美玖は、
春の返事を急かさず、
ただポテトをひとつ、口に運んだ。

やがて、
春はカップを置き、
小さくうなずいた。

「……うん。いいですよ」

美玖が、
少しだけ目を見開く。

「でも……」
春は、少しだけ声を落とした。

「サークルの仲間には、
まだ言わないでおきたいです。
……付き合うってこと、
ふたりだけのことにしておきたい」

その言葉に、
美玖はふっと笑った。

「うん。
それでいいと思う。
私も、そうしようって思ってた」

ふたりは、
それ以上多くを語らず、
ただ、駅前の喧騒の中で、
“ふたりだけの秘密”をそっと共有した。


 

第二十五章(マックの立ち飲み席・春の返答)

「……あの、ひとつだけ言ってもいいですか」

春は、
ホットコーヒーのカップを両手で包んだまま、
少しだけ視線を落とした。

「今日、車の中で……
僕の手が、美玖さんの膝に、ちょっと当たったと思うんですけど……」

美玖は、
一瞬だけ目を見開いて、
それから小さくうなずいた。

「……あれ、ほんとに、すみません。
でも……」

春は、
言葉を選ぶように、
ゆっくりと続けた。

「本当は、
あのとき、
きみの膝の上に、手を置きたかったんです。
もっと、ふれたかった。
でも、失礼かもしれないと思って、
あきらめました」

美玖は、
何も言わずに、
ただ春の言葉を受け止めていた。

「だから……
こんなふうに、
きみから“友達以上になってほしい”なんて言ってもらえて……
……うれしすぎます」

春の声は、
少しだけ震えていた。

でもその震えは、
恐れではなく、
“本音を言えた”という安堵の揺れ
だった。

美玖は、
そっとカップを置いて、
春の手の上に、自分の手を重ねた。

「……じゃあ、これからは、
ちゃんとふれていいよ」

春は、
その手のぬくもりに、
静かにうなずいた。


第二十五章(マックの立ち飲み席にて)

「ねえ、春くん。……友達以上になってほしい」

その言葉が落ちたあと、
しばらくのあいだ、ふたりの間に沈黙が流れた。

春は、
ホットコーヒーのカップを両手で包み込むように持ち、
一口、静かに口に運んだ。

“あたたかい。
でも、それ以上に、
この言葉の重さが、胸の奥にじんわりと広がっていく。”

美玖は、
春の返事を急かさず、
ただポテトをひとつ、口に運んだ。

やがて、
春はカップを置き、
小さくうなずいた。

「……うん。いいですよ」

美玖が、
少しだけ目を見開く。

「でも……」
春は、少しだけ声を落とした。

「サークルの仲間には、
まだ言わないでおきたいです。
……付き合うってこと、
ふたりだけのことにしておきたい」

その言葉に、
美玖はふっと笑った。

「うん。
それでいいと思う。
私も、そうしようって思ってた」

ふたりは、
それ以上多くを語らず、
ただ、駅前の喧騒の中で、
“ふたりだけの秘密”をそっと共有した。


第二十五章(マックの立ち飲み席・春の返答)

「……あの、ひとつだけ言ってもいいですか」

春は、
ホットコーヒーのカップを両手で包んだまま、
少しだけ視線を落とした。

「今日、車の中で……
僕の手が、美玖さんの膝に、ちょっと当たったと思うんですけど……」

美玖は、
一瞬だけ目を見開いて、
それから小さくうなずいた。

「……あれ、ほんとに、すみません。
でも……」

春は、
言葉を選ぶように、
ゆっくりと続けた。

「本当は、
あのとき、
きみの膝の上に、手を置きたかったんです。
もっと、ふれたかった。
でも、失礼かもしれないと思って、
あきらめました」

美玖は、
何も言わずに、
ただ春の言葉を受け止めていた。

「だから……
こんなふうに、
きみから“友達以上になってほしい”なんて言ってもらえて……
……うれしすぎます」

春の声は、
少しだけ震えていた。

でもその震えは、
恐れではなく、
“本音を言えた”という安堵の揺れ
だった。

美玖は、
そっとカップを置いて、
春の手の上に、自分の手を重ねた。

「……じゃあ、これからは、
ちゃんとふれていいよ」

春は、
その手のぬくもりに、
静かにうなずいた。


第二十五章(マックの立ち飲み席・春の涙)

「……じゃあ、これからは、
ちゃんとふれていいよ」

美玖がそう言って、
そっと春の手に触れたとき——

春は、
ふいに、
目の奥が熱くなるのを感じた。

“あ、だめだ”

そう思ったときには、
もう、涙がこぼれていた。

声は出さなかった。
でも、頬を伝う雫が、
止まらなかった。

美玖は驚いたように目を見開き、
それから、
何も言わずに、
春の手をぎゅっと握った。

「……ごめんなさい」
春が、かすれた声でつぶやく。

「ううん。
泣いていいよ。
泣いてくれて、うれしい」

春は、
うなずくこともできず、
ただ、
コーヒーの湯気の向こうで、
こぼれる涙をぬぐった。

“感情が、あふれてきたんです。
ずっと、閉じ込めてたものが、
今、やっと出てきたんです。”

駅前の喧騒の中、
ふたりだけの時間が、
静かに流れていた。


 

第二十五章(マックの立ち飲み席・ふたりの沈黙)

春の頬を伝う涙を見て、
美玖は、
そっとバッグの中に手を伸ばした。

「……目、しみない?」

そう言って、
淡い水色のハンカチを取り出すと、
ためらいなく、
春の目元にそっと当てた。

「……っ」

春は、
そのやさしさに、
思わず目をぎゅっと閉じた。

「そんなことされたら……
余計、涙が出ちゃう……うるるる……」

声にならない声が、
喉の奥で震えた。

美玖は、
何も言わずに、
ただ、ハンカチをそっと動かしながら、
春の頬をぬぐい続けた。

駅前のマックの立ち飲み席。
ポテトの香りと、
コーヒーの湯気の向こうで、
ふたりだけの時間が、
やさしく、静かに流れていた。


第二十五章(マックの立ち飲み席・春の申し出)

涙がようやく落ち着いてきたころ、
春は、
少し赤くなった目元をぬぐいながら、
ふと顔を上げた。

「……あの、もしよかったら」

美玖が、
そっと春の顔をのぞき込む。

「僕の……手料理、食べていってください」

「え?」

「かんたんなものしかできませんけど……
今日の一日のお礼に。
……その、さっきのことも、うれしかったので……」

春の声は、
まだ少し鼻にかかっていて、
目元はうるんだままだった。

でもその表情には、
“誰かを迎え入れたい”という、
はじめての決意の光
が宿っていた。

美玖は、
ふっと笑ってうなずいた。

「うん。
じゃあ、おじゃまします。
春くんのごはん、楽しみにしてる」

春は、
照れくさそうに目をそらしながら、
小さく「はい」と答えた。

駅前の喧騒の中、
ふたりの時間は、
まだ終わろうとしていなかった。


第二十六章(春の部屋・写真の前で)

「……この女の子、だれ?」

美玖の問いに、
春はしばらく黙っていた。

写真の中の、
園児服の少女。
笑っている。
まっすぐに、カメラを見て。

“それは、昔の僕。
でも、今はまだ……言えない。”

春は、
ゆっくりと口を開いた。

「……妹なんだ。
名前は、さくら」

美玖は、
少しだけ目を細めて、
写真を見つめた。

「……かわいい名前だね」

春は、
うなずいた。

「うん。
……もう、天国に行っちゃったけど」

その言葉を口にした瞬間、
胸の奥が、
じんわりと痛んだ。

“ごめん、さくら。
君は、僕の“嘘”の中に生まれたけど、
今だけは、
僕の代わりに、ここにいて。”

美玖は、
それ以上は何も聞かず、
ただ静かに、
写真の中の“さくら”に目を向けていた。

部屋の中に、
味噌汁の湯気と、
ふたりの沈黙が、
やさしく満ちていった。


 

第二十六章(春の部屋・もうひとつの扉)

「お味噌汁、いい香り」
美玖がふと立ち上がり、
部屋の奥にある、もうひとつの扉に目を向けた。

「こっち、何があるの?」

その瞬間——
春の背中に、冷たい汗がにじんだ。

“やばい。あの部屋……!”

「ちょ、ちょっと待ってください!」
春は、慌てて火を止め、
鍋のふたを閉めると、
エプロンのまま美玖の前に立ちはだかった。

「そこ、ちょっと……散らかってて。
片付けてから、開けますね」

「え? あ、ごめん……」
美玖は、少し驚いたように手を引いた。

春は、
ぎこちない笑顔を浮かべながら、
扉の向こうへと滑り込んだ。

部屋の中には、
洗濯かごの上に置きっぱなしの、
淡いピンクのショーツ。

“なんで、こんなとこに……
朝、急いでて……しまい忘れてた……”

春は、
それをそっと手に取り、
引き出しの奥に押し込んだ。

“見られたら、説明できない。
まだ、言えない。
でも、これが“落ち着く”ってことだけは、
どうしても手放せない。”

深呼吸をひとつして、
春は扉を開けた。

「……どうぞ。
ちょっとだけ、片付きました」

美玖は、
春の顔を見て、
何も言わずにうなずいた。


第二十六章(もうひとつの部屋の前で)

 

春が扉の向こうに消えたあと、
美玖は、
そっとその場に立ち尽くしていた。

“あの慌て方……
きっと、何か見られたくないものがあるんだろうな”

でも、
それが何かを詮索する気にはなれなかった。

むしろ、
春の背中ににじんでいた焦りと不安が、
胸にじんわりと広がっていく。

“春くん、無理しちゃダメ。
私は、ちゃんと待ってるから。
あなたが、自分の言葉で話せるときまで。”

その思いは、
声にはならなかったけれど、
まるでテレパシーのように、
春の背中に届いてほしいと願った。

やがて扉が開き、
春が少しだけ息を整えて戻ってきた。

「……どうぞ。
ちょっとだけ、片付きました」

美玖は、
にこりと笑ってうなずいた。

「ありがとう。
じゃあ、見せてもらおうかな」

その笑顔に、
春は少しだけ肩の力を抜いた。

“届いてたら、いいな。
この気持ち。”


 

第二十六章(沈黙の会話)

春が扉を開けて戻ってきたとき、
美玖は、
そっとその姿を見つめていた。

“届いて。
春くん、無理しないで。
私は、ちゃんとここにいるから。”

声には出さなかった。
でも、
心の奥から、
まっすぐに念じた。

その瞬間——

「……ねえ、美玖さん」
春が、ふと立ち止まった。

「いま……何か言いました?」

美玖は、
一瞬だけ驚いて、
それから小さく首を振った。

「……ううん。
何も言ってないよ」

でも、
その目は、
“言葉じゃない何か”を確かに伝えていた。

春は、
そのまま美玖を見つめて、
ふっと笑った。

「……そっか。
なんか、聞こえた気がして」

「……どんなふうに?」

「やさしい声で、
“無理しないで”って……そんな感じ」

美玖は、
胸の奥がじんわりとあたたかくなるのを感じた。

「……じゃあ、たぶん、聞こえたんだと思う」

ふたりは、
言葉のない会話を交わしながら、
静かに、
同じ空気を吸い込んだ。


第二十六章(春の部屋・夜のはじまり)

味噌汁の湯気が静かに消えていくころ、
美玖は、
ソファに寄りかかるようにして、
小さくあくびをした。

「……春くん、なんだか眠い」

春は、
キッチンから振り返る。

「え、大丈夫ですか?」

「うん……
でも、なんか、立てそうにもないの。
ごめん……寝ていい?」

その声は、
どこか子どものように素直で、
春の胸に、
やわらかく響いた。

「……どうぞ。
ベッド、使ってください。
シーツ、今朝替えたばかりなんで……」

美玖は、
ふっと笑って、
「ありがとう」とつぶやいた。

春は、
慌ててクッションを整え、
毛布を引っ張り出す。

“こんなふうに、
誰かが“眠っていい?”って言ってくれるなんて——
それだけで、
この部屋が少しあたたかくなった気がする。”

美玖は、
毛布にくるまりながら、
目を閉じた。

春は、
その寝顔を見つめながら、
そっと明かりを落とした。


 

第二十七章(朝の光・美玖の安心)

美玖は、
毛布をそっとめくりながら、
昨夜のことを思い返していた。

“あのまま、眠ってしまったんだっけ……”

身体の感覚を確かめるように、
そっと身を起こす。

服は、昨日のまま。
乱れた様子もない。
下着にも、触られた形跡はなかった。

“……よかった。
春くん、やっぱり……そういう人だ”

胸の奥に、
ふわりとあたたかいものが広がる。

“あの人は、
ちゃんと、私の“まだ”を守ってくれた”

それは、
言葉にしなくても伝わる信頼。
でも、
言葉にして伝えたくなるほどの、
やさしさの証だった。

美玖は、
そっと立ち上がり、
カーテンを開けた。

朝の光が、
部屋いっぱいに差し込んできた。


第二十七章(朝の部屋・ふたりの時間)

春は、
湯気の立つマグカップを手に、
ふとつぶやいた。

「……今日、俺、学校の授業ないんだ」

美玖は、
ソファに座ったまま、
春のほうを見て微笑んだ。

「私もないわよ。
……だから、ゆっくりしててって言ったの」

春は、
少し驚いたように目を見開いた。

「え、ほんとに?
じゃあ……」

「うん」
美玖は、
カップを両手で包みながら、
まっすぐに言った。

「もっと、君のこと、知りたいの」

春は、
その言葉に、
一瞬だけ言葉を失った。

“知りたい”——
その響きが、
こんなにもあたたかくて、
こわくて、
うれしいなんて。”

「……じゃあ、
今日は、
僕のこと、少しずつ話しますね」

「うん。
聞かせて」

部屋の窓から差し込む光が、
ふたりの影を、
ゆっくりと重ねていった。


第二十七章(名古屋の朝・アパートの窓辺)

時刻は、午前8時。

春と美玖は、
小さなテーブルをはさんで、
朝ごはんを食べていた。

トーストに、目玉焼き。
インスタントのスープ。
そして、昨夜の味噌汁の残り。

「……こういう朝ごはん、久しぶりかも」
美玖が、ふとつぶやく。

「うち、ほんとに簡単なものしか出せなくて……」
春は、少し照れくさそうに笑った。

窓の外からは、
名古屋駅前のざわめきが、
遠くに聞こえてくる。

このアパートは、
名古屋駅の裏通りにある、
築年数の古い木造の建物。
1階の角部屋で、
窓を開ければ、
すぐそこに小さな路地がのびている。

“便利だけど、ちょっと隠れ家みたいな場所”

昨夜、
新幹線口から歩いてきたときも、
10分もかからなかった。

“あの夜、あの距離を、
ふたりで歩いたんだっけ”

美玖は、
トーストをかじりながら、
ふとそのことを思い出していた。

春は、
そんな美玖の横顔を見て、
そっとマグカップを差し出した。

「おかわり、どうぞ」

「ありがとう」

朝の光が、
ふたりの手元をやさしく照らしていた。


 

第二十八章(朝の会話・ヤマダ電機の話)

食器を片付けながら、
美玖がふとスマホを見てつぶやいた。

「えっ……西側の、あの大きなヤマダ電機テック館、なくなるんだって」

春は、
スポンジをすすぎながら顔を上げた。

「え、そうなんですか?
あそこ、けっこう大きいですよね」

「うん。
ゲームのフロア、けっこう好きだったのに……」

美玖は、
少し寂しそうに笑った。

「なくなっちゃう前に、行かない?
ゲームのフロア、見ておきたいなって」

春は、
一瞬だけ考えてから、
少しだけ首をかしげた。

「……僕、そういうの、あんまり興味ないんですが……」

美玖は、
「あ、ごめん、無理にとは言ってないよ」と慌てて言いかけたそのとき——

「でも、もし美玖さんが買いたいのであれば、付き合いますよ」

その言葉に、
美玖はふっと笑った。

「買うかどうかはわかんないけど……
一緒に見てくれるなら、うれしいな」

春は、
照れくさそうにうなずいた。

「じゃあ、朝ごはんのあと、行きましょうか。
なくなる前に、ね」


 

第二十八章(エスカレーター・すれ違い)

美玖と春は、
4階のゲームコーナーをひとまわりして、
もう一度、3階の生活家電フロアへと降りようとしていた。

エスカレーターに乗り、
ゆっくりと下っていく。

そのとき——
反対側の上りエスカレーターに、
ひとりの女性が乗っていた。

恭子先輩。

美玖は、
一瞬だけ目を見開いた。
でも、声は出さなかった。

“今は……いいや。
春くんといるこの時間を、
ちゃんと大事にしたいから”

すれ違うその瞬間、
恭子先輩がふとこちらを見た。

そして——
やわらかく、微笑んだ。

“気づいてる。
でも、何も言わない。
あの人らしいな……”

美玖も、
ほんの少しだけ、
会釈のようにうなずいた。

ふたりの距離は、
エスカレーターの動きとともに、
ゆっくりと離れていった。

春は、
そのやりとりに気づかないまま、
「この炊飯器、うちのより高性能ですね」と、
無邪気に話しかけてきた。

美玖は、
その声に振り向いて、
「ほんとだね」と笑った。


① 帰宅後、部屋でひとり、美玖との思い出を反芻する

地下鉄の揺れが、
恭子の身体をゆらしていた。
けれど、心の中は、
もっと不安定に揺れていた。

“あの子……美玖だった。
間違いない。
あの目、あの声、あの立ち姿。”

帰宅して、
コートを脱ぎ、
部屋の灯りをつける。
でも、どこか現実感がない。

ソファに沈み込み、
スマホを手に取る。
SNSのタイムラインを遡って、
“あの子”の投稿を探す。

“あのときの笑顔、
今も変わらないんだな……”

画面の中の美玖は、
春の光の中で笑っていた。


② ポスターを見つめながら、言葉にならない感情がこみ上げてくる

部屋の壁に貼ったままの、
数年前のポスター。
ミニTシャツにホットパンツ、
笑顔の美玖が、
夏の光の中でこちらを見ている。

恭子は、
その前に立ち尽くした。

“あのとき、
私は何をしていたんだろう。
あの子の隣にいたのに、
何も言えなかった。”

ポスターの中の美玖は、
何も知らない顔で笑っている。

その笑顔が、
今はもう自分のものではないことに、
胸の奥がきゅっと痛んだ。


③ 声に出してしまった「美玖」という名前に、自分でも驚く

ベッドに仰向けになり、
天井を見上げる。

カーテンの隙間から差し込む朝の光が、
部屋の白い天井に、
ゆらゆらと影を落としていた。

恭子は、
その光を見つめながら、
胸の奥にたまったざわめきを、
ひとつずつほどいていくように、
深く息を吐いた。

そして、
気づけば、
ぽつりとつぶやいていた。

「……美玖」

その声が、
思ったよりも大きく響いて、
自分でも驚いた。

“ああ、私……
まだ、あの子の名前を、
こんなふうに呼んでしまうんだ”

目の奥が熱くなる。
でも、涙はまだこぼれない。

ただ、
名前だけが、
部屋の静けさに溶けていった。


🌟 みんなで広げよう!🌟

 

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