中学受験の過熱を横目に、「あえて」公立中から高校受験を選ぶ。
それは決して「逃げ」でも「妥協」でもありません。むしろ、12歳という多感な時期に机の上だけでのパズルに追われず、人間としての「礎」を強く太くするためのもっとの贅沢な選択です。
高校受験ルートでは、中学受験で手に入らない多くの健全さがあります。
「自分の意思」で動く、精神面での成長。
中学受験での主役は、良くも悪くも「親」でしょう。しかし、15歳が受ける高校受験は違います。
思春期を迎え、自分の将来について自ら考え始める時期。
「どこの高校に行きたいか」
「将来はどんな職に就きたいか」
親に言われるがまま動かされる中学受験とは異なり、15歳の受験生は「自分のハンドルを自分で握る」という経験をすることになります。
この「自主性」こそ、中学受験では手に入りにくい、高校受験ならではでの「醍醐味」なのです。
ここでの伸びしろがそのまま大学受験にも生きてくるのです。
公立中学校でしか得られない、「社会の縮図」に揉まれる経験。
私立中学という、悪く言えば、「同じような経済状況の家庭が集まった『温室』」のような側面があるでしょう。
公立中学には、多様な価値観、それぞれの能力差、色んなものさしが混在しています。
勉強ができる子も、不器用な子も、いじめをしても悪くないと思うこともいるかもしれません。
そんな子とも、同じ教室で肩を並べる。
この、一種の「カオス」の環境の中で、自分とは他人からどう見られているのか、どういう立ち位置なのか、そもそもどういう人間なのかを見つける。そして、どういう折り合いをつけて、他人とどうやってコミュニケーションをとっていくのか。
この泥臭い社会経験こそが、偏差値では測れない、「本当の賢さ、人間としての礎」を作っていくのです。
「内申点」という社会を生き抜いていくリアリズム
高校受験をやり抜いていく上で、必ずと言っていいほど付き纏ってくるもの、それは「内申点」でしょう。
これを、「先生への忖度だ」と考え嫌う人もいます。私もその1人です。
が、味方を変えれば、これは
「先生に好かれるための行動を取る」
「授業に主体的に参加する」
という、社会人としてあたりまえのことをこなすトレーニングをしていると考えられるのです。
テストの点数さえ良ければいいだろう。というある種の「エリート意識」ではなく、日々の積み重ねを大切にする「誠実さ」を学ぶ。
この健全なレースは将来、どんな職に就こうとあなたを助けてくれるでしょう。
結論
子供の適正にあった選択をしましょう。12歳で十分に自立しているなラ中学受験をするのもいい判断だと思います。ただ、強制的に強いるのはやめましょう。その場合、この記事で触れたように15歳での自立を支えてあげることが親としてやってあげることとして最高にいいことであると思います。
高校受験という健全ルートは、子供が正常に成長し、「自分で考える力」を鍛え、立派な大人として成長するための素晴らしい選択です。
12歳で結果を求めすぎないでください。私も中学受験を強いられて、かなり嫌な思いをしました。途中離脱をしました。その後、高校受験でリベンジをして、偏差値68の高校に受かりました。
いいんです。むしろ「王道」なんです。15歳、18歳で笑えれば、それで十分なのです。
勉強、応援してます。親からの重圧に耐えることも、受験での大きな試練のうちの一つです。辛い時は、ぜひ、受かった頃の自分の姿を想像してみてください。
親のみなさんは、子供の将来の可能性を潰さないであげてください。