恋人を何人でも作っていいなら何人欲しい? ブログネタ:恋人を何人でも作っていいなら何人欲しい? 参加中

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こんばんは。菜々子です。
今日はホワイトデーでしたね。みなさんいかがお過ごしですか?
私は家で掃除でもしている予定だったのですが、明日美容室がお休みという事実が発覚しましたので、本日急遽行って参りました。
勇気が無いのと、手入れが楽だという理由でロングから切れませんが、たまにはパーマかけたり切ってみたいかな~と思いつつ。今日もカットとカラーのみだったんですけどね。



えっと、今日のブログネタ行ってみましょう。
『恋人何人でも作っていいなら何人欲しい?』です。


これは生真面目菜々子と、普通の菜々子からの回答があります。




まずは生真面目菜々子。

今、伊坂幸太郎の『SOSの猿』を読んでいる所なんですが、そこに
なぜ人を殺しちゃいけないかなんて言葉が出て来たりするんです。例えで出てくる程度なんですが、伊坂幸太郎の作品って出てくる言葉だけでもなんか私の心とリンクするんですよね。ほんとう不思議です。



で、このブログネタを見た時それと似てるな。と思いました。



なぜ人を殺しちゃいけないか。
もちろん命は一律『尊い
からなんですが、社会のしくみとしてどうして殺すと罪に問われるのかキチンと説明しようとする時、私が考えたのは『殺されたくないから』でした。
『なぜ人を殺しちゃいけないの?』と聞かれたら、質問者に『殺して良いって事になったら、あなたも早々に殺されると思うけど、それで良いの?好きな人や両親も殺されるけど良いの?』と聞きます。
『それでも良い』もしくは『私は殺されない』と言うのであれば好きにすればよろしいけど、その時点であなたは社会の脅威です。世の中の大半の人は殺されたくないし、好きな人や家族を守りたいと思っています。命は尊くかけがえがないのです。私たちは『殺さないし殺されない』という約束の元、社会を作って暮らしています。その約束を破ればその社会では暮らせず、一生罪を償うか、へたをしたらその社会によって殺される事になるのです。自分を守り、他者を守る社会の秩序の為に『人は殺してはいけません』

。そして命の尊さを知りなさい。
(中村うさぎが以前著書の中でそんな話を書いてました。子供に聞かれてちゃんと答えられるのかって事で、私も色々と考えてみた記憶があります。)

※書くと色々な発見がありますね。結局は『人が嫌がる事はやってはいけません。そして自分もされない権利があります』って事なんですけど、人の命に関わる事なら『命は尊いから』でぜひとも納得していただきたいです。書いててそんなにごちゃごちゃ書かないと、命の大切さが伝わらない世界なんて嫌だなって思いました。




まったく関係のない事のようだし、重要度が違うかも知れませんが、『恋人を何人でも作っていいなら何人欲しい?』と来れば、相手だって何人も恋人を作っても良いんですよね?そうなれば『え~何人かなぁハート』なんて鼻の下のばして考えるような事でもなく、特に楽しい話にも聞こえません。
恋人たくさん欲しい人って、相手には自分だけ見てて欲しかったりするんですよね?それもずるいけど、『いや別に束縛しないからお互いに何人でも作ればいいんじゃない?』って人もちょっと…。



自分がどうしたいかだけじゃなく、真っ先に『相手はどう思うのか』考えられたら素敵だと思いますよ。





とは言ってもブログネタ。
そんなに真面目に書かなくても良いんじゃない?なんて普通の菜々子も存在します。で、とりあえず『自分だけが』とか『女性だけが』みたいな特権として認められた場合……。
でも結局一人で良いかな。二人でも良いけどめんどくさいって言うか、どうでも良いっていうか…。てか、相手は二人の方が私に対する手間が半分になって楽だって言うかもね。その時点で私の利点では無くなってるんでしょう???



やっぱり愛し愛され。一人で良いようです。