「ナナコさん、私はこう思うの…
人生は幸せの石と悲しみの石を
敷き詰めていくようなものだって…
だから私はね
少しでも悲しみが消えるように
幸せを沢山拾いに行くのよ…」
女性はそう言ってから振り返り
険しい山道を見つめました
これは私がレイシア大陸に下り立って
間もない頃のお話です…
冒険者として経験の浅かった私は
山あいの町セレンの施療院で
介護士として働いていました
旅の資金を稼ぐ為です
その日の朝
私はいつものように施療院で使う癒し草を摘みに
町の外へ出かけました
そこで一人の女性が道端に行き倒れているのを
見つけたのです

すぐに女性の元に駆け寄り抱き起しました
女性に意識はあったのですが、体が弱っていたので持っていたタルトを差し出しました
彼女は物凄い勢いでそれを平らげると
「ありがと…久々に食べたわ…じゃあ行くわね」
と笑顔を見せ
町とは反対の山道の方へ歩いて行きました
「えっ?どこまで行くんですか?」
私の問いに女性は振り向き
「あの山を越えていくのよ」
と答え、また歩いて行きました
「待って下さい!私、途中までついて行きます!
この辺りの山道は迷いやすいんです
待って下さいね!支度して来ますから
一人で行かないで下さいよ!」
私は駆け足で施療院まで帰り
ありったけの食料を鞄に詰めてから
また駆け足で戻り、女性と共に山道を登りました
セレンの山道を黙って歩く私達
沈黙がになった私は彼女に話しかけてみました
「あの…山を越えるってどういう事ですか?」
「えっ?あぁ…
山向こうのセルーラ国でね
内戦が起こったらしいの
きっと大勢の負傷者が出てるわ
私こう見えて僧侶なの
だから手助けに行くだけよ
自分の腹ペコは治せなかったけどね」
「はぁ…」
セルーラ国の内戦は町でも噂になっていました
何でも民間の女性や子供達が巻き込まれて
酷い惨状になっているとか
彼女はその救援に向かうと言うのです
でもその割には彼女の姿は余りにも軽装ぷり
そこで私は彼女に質問しました
「僧侶なのにスティック持ってないんですね」
「えぇ、あんな物なくても何とかなるわ」
と返す彼女
「ですよねぇ
私もスティックに良い思い出なくて…
でも山で熊とか出てきたら危ないですよ」
「スカートの中に
護身用の剣を二本も隠してるから平気よ」
「まぁ!それじゃ、男の人は用心しなきゃ」
「ふふふ…」
二人でたわいも無い話をしていると
やがて山道を抜け、見通しの良い所まで来ました
私達の目の前に悠然としたセレンの山々が…
「あぁ!
良い景色!あの山よ!あの山を越えるの!」
感動して叫ぶ女性

あそこの石の橋より遥かに高いんですよ!
歩いて越えられるような距離じゃないですよ!
運よく山を越えて戦地に辿り着いたとしても
あなた一人が行った所で
戦争が終わる訳でもないじゃないですか!」
と私は思い止まるよう説得しました
「ナナコさん…って言ったわね
付き添ってくれるのはあの橋まででいいから
一緒に行きましょう」
「はぁ…」
彼女に言われるがまま
二人で石の階段を上りました

「うわ…
すごい高さ…私こういうの苦手なんです」
眼下に迫る谷底に怯え切る私
「そうね、確かに下を見たら怖いわよね
じゃあ 顔を上げて周りを眺めたらどうかしら?
ほら…素晴らしい景色が広がっているじゃない」
「まぁ、そりゃそうですが…」
「景色と心は同じよ
どんな状況であっても上を見るか下を見るか…
それだけで変わってくるの」
女性は今の状況を楽しんでいるように見えました
しばらく二人でぼうっと山を眺めていると
突然女性は拳を振り上げました
グッ!

こうやったらあの山、私の手より低いわよ!
越えられる!越えてみせるわ!」
「……………」
「ナナコさん、あなたの言う通り
私一人が戦地に行った所でどうなる訳でもないわ
でもね、今はたった一人でもいいから…
目の前で消えかけるたった一つの命でもいいから
救いたいの!
それがいつか世界の平和につながって行くって
信じているから!」
その言葉を聞いて
私は涙が溢れ止まりませんでした
流れる涙をそのままに
下げていた鞄の肩紐を外す私
「分かりました
どうぞあなたの道を進んで下さい
この鞄をお節介な私の代わりだと思って
旅に連れて行って下さい
そして…
いつか必ず返してね
私の一週間分のご飯を詰めて来たんだから」
泣きながら鞄を差し出す私
「ありがとう、頂いておくわ
何よりも心強い旅のお供さんを…」
夕陽が山向こうに沈み行く頃
「…幸せは いばらの中でも見付けられるからね」
と彼女は言い残し
山道に向かって歩き出しました
私はその姿が消えるまでずっと見送っていました
町へ戻った私は必至で働きました

施療院の皆さんに別れを告げて町を出ました
新しい決心を胸に…
僧侶になる為の旅立ちです
内戦は既に治まっていて
人々は復興への道を進んでいました
そして私は彼女と再会を果たしたのですが…
その物語はまたいずれ…
