====================
もうそろそろ寝る時間ってのに、
姫は元気で飛び跳ねたりしながら遊んでた時、
転んで、ソファの鉄のパイプの角におでこをぶっつけちゃいました。
見た時は、おでこが凹んでて、さわった時は柔らかい感じで、血は出てなかったんだけど、
硬い鉄パイプでおでこに思いっきりぶっつけたみたいだよなーって気になって。
すぐに、レメディのアーニカを取ったんだけど、
内出血したりとか、おでこの骨にヒビが入ってないかな?とか、
病院行ったほうがいいのか?この夜遅くにどうやって救急車を呼んだらいいか?
こんな夜遅くに、誰かにお願いしたら迷惑だからやめようか?とか
1分の間頭の中で迷ったけど、様子を見てても何か気になっていたから、
行って診てもらった方がいいと決めて、近所の人にお願いして、
救急車を呼んでもらって、診てもらいました。
思いっきりぶっつけたのに、走り回れるくらい元気だったから、大丈夫ですよ。
ただ、顔やおでこなど頭に近いところだから、しばらく様子を見てみましょうねって
お医者さんに言われてホッと安心しました。
夜遅くに、姫に何かが起こった時がメチャ困るなぁ…。

====================
たかが打撲くらいで大げさ!と思うかもしれない。
私も心が落ち着いて冷静になって、思い返してみたら、
『もしかしたら、救急車を呼ぶのも大げさだったかも?
夜遅くに近所の人に迷惑かけてしまっていないかしら?
他にも救急車が必要な人がいるのに、
大げさなことで、救急車を呼んでいいのかしら?』
とかが、頭の中でぐるぐる回ってました。
その後、私の中とお話していたら、
「“出来ない”ことを私が認めて、
周りの人たちに助けをお願いすること」
これを、私が“私”に許可することだったんだなって、気づきました。
私の“出来ないこと”
・耳が聞こえないから電話が出来ない→緊急な時に救急車を呼べない
・その時は、ネットを新しくしたばかりで、電話が使えない→FAXが送れない
・夜遅くだったから、近所に迷惑がかかる→お願いしにくい
・車を持っていない→自分で病院に連れて行けない
・同居人がいない→頼れない
『ないない』尽くしだったけれど、『ない』から動けない、病院に行けない、より
ぶつけた所がおでこだったから、病院に行かなかった時、
内出血とかあったらどうしよう、という『心配』がはるかに上回ったので、
とにかく迷惑かけちゃうけど、『大丈夫』っていう確認がしたかったから動いて、
病院に救急車で連れてってもらって、お医者さんに診てもらって、
姫からも、行動で『大丈夫』だよって魅せてくれて、少しホッとしました。
ここまで気づいて、言葉として書き出したら、“ああ、そうだったんだー”って
ハートがじわ~って来て、涙がこぼれてきちゃった。
まだまだ、気を張り詰めているところがあったんだなぁ。
何でも自分でやらなくっちゃ!っていう思いが、まだ心の隅っこにあって、
どうしようもない状況になった時、降参した時、素直に『助け』をお願いできる私になれたこと
『耳が聞こえない』私として生まれてきたことは、
“周りの人に『助けてもらう』”というGiftを持って
生まれてきたんだね。
それは、姫を通じて気づかせてくれました。
☆ ☆ ☆
日常的にはいつも、『困っている』ことがいっぱいあります。
『ないない』という想いも、今でもまだ持っています。
でも、この世界は“愛に満ちている世界”なんだ、という意識として視点を変えてみたら、
必ず、『助けてくれる』人がたくさんいるんだな、って思えるようになれました。
『わからない』からこそ、『こうすればいいよ』っていう風に伝えることが出来れば、
『あ、わかった、じゃぁ、次からはこうすればいいんだね』っていう感じに周りが理解して、
それが経験となって、他の耳が聞こえない人と出会ったとき、
その『経験』が活かされるんだなって感じました。
だから、『困った』思いは、持っていていい。
これが、次への行動や経験へとつながっていけるんだね。
もうそろそろ寝る時間ってのに、
姫は元気で飛び跳ねたりしながら遊んでた時、
転んで、ソファの鉄のパイプの角におでこをぶっつけちゃいました。
見た時は、おでこが凹んでて、さわった時は柔らかい感じで、血は出てなかったんだけど、
硬い鉄パイプでおでこに思いっきりぶっつけたみたいだよなーって気になって。
すぐに、レメディのアーニカを取ったんだけど、
内出血したりとか、おでこの骨にヒビが入ってないかな?とか、
病院行ったほうがいいのか?この夜遅くにどうやって救急車を呼んだらいいか?
こんな夜遅くに、誰かにお願いしたら迷惑だからやめようか?とか
1分の間頭の中で迷ったけど、様子を見てても何か気になっていたから、
行って診てもらった方がいいと決めて、近所の人にお願いして、
救急車を呼んでもらって、診てもらいました。
思いっきりぶっつけたのに、走り回れるくらい元気だったから、大丈夫ですよ。
ただ、顔やおでこなど頭に近いところだから、しばらく様子を見てみましょうねって
お医者さんに言われてホッと安心しました。
夜遅くに、姫に何かが起こった時がメチャ困るなぁ…。

====================
たかが打撲くらいで大げさ!と思うかもしれない。
私も心が落ち着いて冷静になって、思い返してみたら、
『もしかしたら、救急車を呼ぶのも大げさだったかも?
夜遅くに近所の人に迷惑かけてしまっていないかしら?
他にも救急車が必要な人がいるのに、
大げさなことで、救急車を呼んでいいのかしら?』
とかが、頭の中でぐるぐる回ってました。
その後、私の中とお話していたら、
「“出来ない”ことを私が認めて、
周りの人たちに助けをお願いすること」
これを、私が“私”に許可することだったんだなって、気づきました。
私の“出来ないこと”
・耳が聞こえないから電話が出来ない→緊急な時に救急車を呼べない
・その時は、ネットを新しくしたばかりで、電話が使えない→FAXが送れない
・夜遅くだったから、近所に迷惑がかかる→お願いしにくい
・車を持っていない→自分で病院に連れて行けない
・同居人がいない→頼れない
『ないない』尽くしだったけれど、『ない』から動けない、病院に行けない、より
ぶつけた所がおでこだったから、病院に行かなかった時、
内出血とかあったらどうしよう、という『心配』がはるかに上回ったので、
とにかく迷惑かけちゃうけど、『大丈夫』っていう確認がしたかったから動いて、
病院に救急車で連れてってもらって、お医者さんに診てもらって、
姫からも、行動で『大丈夫』だよって魅せてくれて、少しホッとしました。
ここまで気づいて、言葉として書き出したら、“ああ、そうだったんだー”って
ハートがじわ~って来て、涙がこぼれてきちゃった。
まだまだ、気を張り詰めているところがあったんだなぁ。
何でも自分でやらなくっちゃ!っていう思いが、まだ心の隅っこにあって、
どうしようもない状況になった時、降参した時、素直に『助け』をお願いできる私になれたこと
『耳が聞こえない』私として生まれてきたことは、
“周りの人に『助けてもらう』”というGiftを持って
生まれてきたんだね。
それは、姫を通じて気づかせてくれました。
☆ ☆ ☆
日常的にはいつも、『困っている』ことがいっぱいあります。
『ないない』という想いも、今でもまだ持っています。
でも、この世界は“愛に満ちている世界”なんだ、という意識として視点を変えてみたら、
必ず、『助けてくれる』人がたくさんいるんだな、って思えるようになれました。
『わからない』からこそ、『こうすればいいよ』っていう風に伝えることが出来れば、
『あ、わかった、じゃぁ、次からはこうすればいいんだね』っていう感じに周りが理解して、
それが経験となって、他の耳が聞こえない人と出会ったとき、
その『経験』が活かされるんだなって感じました。
だから、『困った』思いは、持っていていい。
これが、次への行動や経験へとつながっていけるんだね。