卒論、苦しい。
そのせいでこの3日間ぐらい家からほぼ出てない。
私は、外大好き人間なのに、、、
ぜんぶ、卒論のせいだ。
っと、まあ。
卒論を大学の集大成に。
と意気込みながらなんの躊躇もなく
卒論を選んだわけの堺です。
あの頃の自分を締めてやりたい。
こんにちは。みなさん。
外に出てない私は人と交流をしていません。
交流といえばtwitterですこし
ぼやくぐらいで。
つってもフォローの中では
ダントツに私のぼやきが多いのですが。
すいません、フォロワーさん。
ああ、今日は無駄が多い。
いや、無駄といえば
ぜんぶ無駄なんですが。
↑あ、こういう無駄の中の特に無駄なやつが
今日は多いですね。
きっと人との交流がないから
ブログを書いてるのだと思います。
ところで今日は
時効になった話をします。
私は中高って陸上部に在籍していました。
中学校のころ、最初、長距離走ってました。
なんで入ったのか、というと。
太ってたから。
え?
そうです。
私は中学校の部活をダイエットに利用したのです。
小学校の5年生の頃がピークで、当時58㌔ありました。
ブタ!とか言われました。
関西のガキどもは
太っている人のことを
ブタ呼ばわりするんです。
おいおい、私は人間だよ。
ブタの認定証書もらってねーわ。
と思ってました。
うそです
傷ついてました。
でまぁ侮辱された悔しさもあるし、
陸上やってみっか。と走ってました。
おかげで10㌔位やせてダイエットには成功しました
でもやっぱり長距離、しんどいなって。
色々あって短距離に移行しました。
100メートルとか、
高飛びとか、
リレーしてました。
個人競技では全然勝てなくて、
最後の大会では、3位までならもらえる賞状がほしくて、
毎日毎日走りました。
大会当日、
よーいどん。
スタートダッシュはくそ遅かったので8位ぐらいのスタートでした。
(つまり最下位)
そこからじわじわ、
でも100mなんです。
結果は
3位の子と同時着でした。
ここの競技場は精密機器などなく、
ゴールラインでビデオを撮っていて、
順位が目視で判断できない場合は、
ビデオで判断する手法をとってました。
先に胸がゴールラインを突破していたほうが
先着ということになるのですが、
私は4位に終わってしまったわけです。
うう、賞状。。。。。。
と私は、このとき
自分は世の中の中心ではないことを実感しました。
悲しみに暮れた私はトイレに行くことを思いつきました。
これから、リレーもあります。
リレーはみんなの戦いだか頑張らないと、
と思いたいものの、
和式でしゃがみながら、
やっぱり個人で一度ぐらい賞状ほしかった
と悲しい思いが10割を占めていました。
すると、後頭上から聞こえるはずのひそひそ話。
あれ?ここBGM流れてたかな?
後ろ斜めを振り返ってみました。
ふたつの頭。
同い年ぐらいの男の子。
あれ、???!!!!!!
「はあっっっっっっ????!!!」
(きゃーといえない女子。)
その瞬間消える男子。
頭はパニック。
いま、覗かれたよね?
え?きもくない?
えっ?
というか何がいやかというと
後ろ側には
車椅子専用の個室があるのです。
その個室のドアが開いた音も聞いていない。
まだいる!!!
私がそのとき思ったのが、
真正面で顔見られたくない。
「あのお尻の持ち主の顔はこんなのか」
と思われたくなかったのです。
だからほんとは、
まだ覗き魔がいるであろう車椅子の個室を
叩いて
そいつらを引っ張り出すべきところを
私はそろっとトイレを後にしました。
(どっちが覗き魔だよ!!)
私はある意味興奮しながら
自分の中学校のテリトリーに戻りました。
でも周りの人に、
この話、できませんでした。
そのもんもんとした気持ちを抱え、
私はリレーに挑みました。
私は3走だったのですが、
私の番がくるまで、
私の学校は5位でした。
そこでしかし、ある種の興奮冷めやらない抱えながら
受け取ったバトンを受け取り
次の走者に渡すまで、
私は4人抜き去りました。
そのあと4 走で抜かれてしまったのですが、
無事2位になることができました。
チームのみんなは
私のおかげと言ってくれましたが、
私の原動力に火をつけてくれたのは
彼らだったのです。
と、この話は今年になって時効になりました。
今年こそ、女性になりたい。うん。
