S side




「未だ若いのに老けて見えるぞ。

特にここの皺!」



無意識に皺を寄せていたのか。

エレベーターが来るのを待ちながら、潤に何かあったのかと思いを巡らしていた俺の眉間に、智君は指を当てた。



「どうでもいいよ。そんな事より潤は大丈夫なんだろうな?!」



その指を払い除け、部屋に着くまで待ちきれない俺がせっつくも



「そんな慌てるなよ、ちゃーんと後で話してやるから。」



彼は全く気にも留めずマイペースに応える。

おまけに、続いて口から出た言葉に

俺は脱力しそうになった。



「なぁ、俺の親父と翔君の親父さんが親友なのは知ってるよな?」



・・・は?


何で今、その話?


面白がってわざと焦らしてるのか?



ふざけてんのかと思ったが、智君に限っては

突拍子もない話題の展開も

ちゃんと意味を持っているのは長年の付き合いから知ってもいた。


苛立ちそうな自分を律し、開いたエレベーターに乗り込みながら話を続ける。



「・・・当然だろ。

だからこそ俺らも幼なじみなんだから。」

「そうだ。俺らがお互いに何でも話してきたように親父達も他の人には言えない思いを打ち明けてきたらしい。α故の苦しみや葛藤もな。」

「だろうな。」



同じような環境、同じレベルのバース性同士だからこそ智君に解って貰える事、言える事は

今までも沢山あった。



「翔君の親父さんと京香さんの馴れ初めは知ってるか?」

「そんな事知る訳ないだろ。大方、何処かで親父が彼女を見初めて無理矢理連れてきたんだろ。」



京香さんの名前を出すと、彼女の最期に潤が重なってしまう。

彼女のように潤をさせてはいけない。

絶対に。



「いや違う。二人はもっと前から知り合っていたんだ。」




智君の話によれば、出逢いは京香さんが離れに連れて来られたずっと前。


多忙な仕事の合間の息抜きとして親父が、以前弾いていたピアノを再度習い始めた事があったそうだ。


その講師としてやって来たのが京香さんだった。



一目見てお互いに惹かれ合い

二人はすぐにプラトニックながら

恋に堕ちた。



どちらにとっても初めての激しい感情に躊躇いながらも、これが運命の番なんだと理解した。



だけどその頃既に、親父は結婚していて

家に帰れば幼い俺と、産まれたばかりの竜也がいた。



京香さんはどれだけ愛していても

自分のせいで、好きな人の家族を不幸に出来ないと自ら身を引き、講師を辞めて姿を消した。


親父も、これ以上我が子を裏切る真似は出来ないと、彼女を探す事もせず諦めたのだと。




「それならどうしてまた、彼女を囲うような事したんだよ。京香さんだって、残してきた恋人の真一さんを想って、会いたがって泣いてたんだぞ。」



そんな話、信じられる訳がない。

真一さんに会いたいって

謝りたいって泣いて泣いて

どんどん痩せてやつれて行く姿が

俺は忘れられないのに。


だかこそ潤とだって・・・っ、



「親父さんが無理矢理連れて来たんじゃない。真一さんからの申し出で迎えに行ったんだ。」

「・・・、どういう事だよ。」

「京香さんはな、何年も何年もずっと親父さんを想ってた。

それでもいいから、全て引き受けるからと言われて真一さんと付き合った。

彼の優しさと誠実さを知り、この人を好きになろうと心に決めてな。

でもな、どうしても親父さんを求めてしまったんだ。

寂しくて恋して、真一さんの前では笑いながらも隠れて泣いて。

こんなに愛してくれるのに、心は他の人を求めてしまう自分を責めてな。

そんな事してたら身体も心も悲鳴を上げて、繊細な京香さんは、気付けば病に侵されてしまっていたらしい。」

「病って・・・?」

「病名は俺は知らねぇ。

でも親父さんが家に迎えた時には、もう京香さんは余命いくばくもないと医師から言われていたそうだ。」



・・・既に病にかかっていた? 


うちに来た時には余命宣告までされていた?


親父の身勝手な振る舞いで

病気になった訳じゃないという事か・・・?



「真一さんが見兼ねて、親父さんに会いに会社へ来たそうだ。京香さんが憐れで見てられないって。最期の時を一緒に過ごしてやって欲しいって涙を流しながらな。

親父さんも翔君達を裏切る事になるのだけは

辛くて胸が痛かったらしいけど、もう理性じゃ抑えられなくなったんだろう。

運命の番がこの世から去ろうとしてるんだから。

それぐらい運命の番と言うのは、強い繋がりと絆があるんだからよ。

例え俺が同じ状況だとしたら、とても耐えられないね。

翔君だってその気持ち、わかるだろ?」



俺だって

潤が同じ状況だったらなりふり構っていられないだろう。


子供への愛がいくらあっても

番への愛が全く別物なのもわかる。


それが運命の番なら尚更。



だけど



「結局、自分が全部悪者になって彼女を守る形で迎え入れたんだろうな。

京香さんにも余計な事は話さないようキツく口止めしていたらしいぜ。

カッコイイじゃねぇか、親父さん。」

「・・・そんな事知らされたって、はいそうですか、なんて急に思えねぇよ。」



智君から語られる話は、俺が思い込んでいた事と違い過ぎて、記憶と感情の整理が追いつかない。



「受け取められなくったって、改めて俺の親父に聞いたんだから、この話は間違いない。

翔君はずっと誤解してたんだ。

京香さんは翔君ちに来てから幸せだったんだよ。

翔君達や真一さんへの罪悪感は確かにあったんだろうけど、それでも最期をずっと逢いたくて忘れられなかった翔君の親父さんと過ごせたんだから。

彼女は逝く時、翔君の親父さんの名前を呼んで、また傍に居られて幸せでしたって言い残して亡くなったそうだ。

それ程親父さんを深く愛していたんだ。」






"もう泣かないで、京香さんは悪くない。

悪いのは全部、αだからって好き勝手してきた父さんなんだから"



『っ違うの!


坊ちゃんのお父様は・・・


本当は・・・・・・だから



・・・・・・なのっ』




"京香さん、何て言ったの?

よく聞こえないよ。"




『ごめん・・・なさいっ、真一さん

ごめんなさい・・・奥様、坊ちゃん・・・っ』




京香さんはいつも泣いていた。


いつも謝って泣いていた。


真一さんに

俺に

母親に


だけど決して親父の事を悪く言わなかった。

 

それどころか親父を庇うような事を言っていた。


優しい京香さんだから親父なんかでも

庇っているのかと思っていたけど


逢えなくて身体を壊すほど

親父を愛していたというのか。


泣きじゃくっていたからハッキリとは

聞き取れなかった彼女の言葉は

親父とは運命の番で、だから愛しているんだとでも伝えていたと言うのか・・・。






呆然とする俺を余所にエレベーターは最上階に到着して扉が開く。



その瞬間、身体中の血が沸き立つ程の

感覚に襲われた。



「なぁ智君、もしかして・・・」

「やっぱり翔君には、嗅ぎ分けられるか。」



戸惑い、一瞬立ち止まった俺の数歩前を進む智君が、目的の部屋にたどり着き

カードキーでドアを開けた。



更に強さを増した、甘く痺れるような香りに引き寄せられ、慌てて俺も部屋への歩みを進めて中へ入る。





やっぱり

やっぱりそうだ。



他のやつには隠せても

俺には隠せない。



この香りだけは

この香りの主だけは。





「どうして・・・!駄目だろ此処に来ちゃ・・・」



俺を見つけるや否や、しがみつくように抱きつき、俺の胸に顔を埋めて匂いを嗅いで。



「会いたかった・・・

ずっと翔さんに会いたかった・・・!」



無意識にか身体を擦り付け、俺の香りを自分に移そうとする君の行動に愛おしさが溢れ出て

我を忘れてしまいそうになる。



同時に、少し見ない間にかなり痩せ細り、弱々しくなった姿に



「潤、一体何があったんだ?」



その涙で潤んだ大きな瞳を覗き込み

理由を聞かずには居られなかった。








※諸事情で祭りには参加出来ませんでしたが(新しいお話を書き上げられるか自信がなかったので💦)

嵐さん、23周年おめでとうございます爆笑爆笑


この場を借りて、ゆうちゃん。

いつもお声掛けくださってありがとうございますおねがい